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Vol.34 12月号
工学部で“理論物理学”!?

 工学部物理工学科では物質に関わる物理学、「物性物理学」と呼ばれる分野が広く研究されています。このような物理学では実験で新奇な物理現象を発見することはもちろんそれらの物理現象を原理から解明・予言する理論研究も盛んに行われています。
 今月号の物理工学科特集ではそのような物性物理学の理論研究をなさっている若手研究者、望月維人講師に研究内容や研究の進め方、そして理論物理を志された経緯など様々なお話を伺ってきました。


Q.研究内容について教えてください。

 強相関電子系の物理を理論的に研究しています。おもに遷移金属(ニッケルや鉄など)酸化物の価電子が起こす現象を対象にしています。電子は、マイナスの電荷をもった粒子*1のことで、電流の担い手であるということを高校の物理で習ったことがあると思います。遷移金属酸化物中では、そのような電子が原子核のまわりに局在しているために、電子同士のクーロン反発により、互いに強く相互作用(強く相関)します。その結果、多彩で劇的な物理現象が実現します。例えば、温度や物質組成の僅かな変化によって、電気抵抗が急激に減少または上昇する“金属-絶縁体転移”や、電気抵抗が低温でゼロになる“超電導”は代表的な例です。




望月維人講師
工学部物理工学科・物理工学専攻

図1:(a)ペロフスカイト型マンガン酸化物の結晶構造 (b)磁場により電気分極が変化する概念図。スパイラル磁性のもとで電気分極はスパイラル面内を向く。磁場により、磁性が変わると電気分極も方向を変える。

 また、電子はスピンと呼ばれる磁石の性質を持ちます。隣接する原子上の電子がどの向きの磁石であるかで、物質全体としての磁気特性が様々に変化します。
 この様な電気と磁気の性質の変化がなぜ生じるのかということを理論的に解明し、予言する研究を行っています。


Q.具体的に現在、取り組んでいらっしゃる研究テーマは?

 現在は、ペロフスカイト(Perovskite)型マンガン酸化物という物質群が示す強いマルチフェロイックス効果の研究に取り組んでいます(図1)。マルチフェロイックス効果とは、先ほどの電気と磁気の性質がお互いに影響を及ぼす効果のことで、電気によって磁気的性質を変化させる、またその逆を起こさせる効果です。それまでは弱い効果しか観測されていませんでしたが、2003年に上記の物質で強い効果が現れることが発見されたため、そのメカニズムと物理を解明しようと世界中の研究者が取り組んでいます。
 また、このマルチフェロイックス効果はコンピュータのメモリとしての応用が期待できることから物理学だけでなく電子工学など様々な分野の専門家から注目されています。


Q.このような理論研究は具体的にはどのようなことを行うのですか?

 まず物質を記述する物理モデル(図2)を構築します。このモデルを手計算や計算機(コンピュータ)によるシミュレーションにより解析し、物理現象の解明と予言をすることが一連の流れになります。
 物理モデルの構築には、量子力学という基礎的な物理法則を用いています。量子力学は大学で習う物理学で、電子などの非常に小さい物質を扱う際に必要となる学問分野です。この量子力学を用いてまずハミルトニアン(図2のHで表わされる式)と呼ばれる方程式を立てます。
 この方程式を数学的に解くことができれば問題はないですが、実際には物質中に原子核や電子が非常にたくさん存在するため、膨大な量の計算をしなければなりません。そこで、コンピュータを利用して計算を行っています。使用しているコンピュータも一般的なパソコンだけではなく、スーパーコンピュータやクラスターマシンと呼ばれる大型計算機です。1つの計算を終えるのに長い場合で1~2週間かかるので、どれだけ膨大なデータや計算を扱っているかがわかると思います。

 そのようにして得られた結果を、実際の実験結果と照らし合わせます。そしてどの程度、その物理モデルでうまく説明できたかという考察を行います。もちろんうまく説明できないこともありますが、うまく説明できたときには、さらにその物理モデルに基づき新しい現象の予言をしたり、実験を行っている研究者に新たな実験の提案を行います。実際に私たちの研究室では強相関電子物理の実験を行っている十倉先生の研究室(Ttime! Vol.21参照)と密に連携をとっています。このように実験家と理論家で議論をしながら研究を進めています。


図2:強相関電子系の物理モデルの例。電子が遷移金属原子間を飛び移る効果とクーロン力で反発する効果を記述している


Q.研究の醍醐味は何ですか?

 やはり、自分で考えた物理モデルで実験結果がうまく説明できたときです。ほとんどの場合、うまくいかないのでうまくいった瞬間はとてもうれしいです。


Q.話が変わりますが、なぜ物理の理論を専門とされたのですか?

 私の場合は小学生の頃から理論物理学者への憧れがあったからです。ですが、当時から特に物理や数学が得意だったわけではありません。それでもやはり理論物理に憧れていたので粘り強く勉強をしてきました。進学振り分けでは、理学部物理学科に行くために文系科目で高い点数を取ったりしていました。


Q.ご出身は理学部物理学科ということですが、工学部物理工学科との違いは何ですか?

 物理を扱っている点ではほとんど違いはありません。ただ、理学部物理学科は物性だけでなく素粒子や宇宙など物理全体を扱っているのに対し、工学部物理工学科は物性物理学に大きく力を入れています。


Q.物理の理論には素粒子や宇宙など他にも対象がありますが、なぜ物性を選ばれたのですか?

 物性物理は実験によって、物理モデルとそこから得られた理論結果をすぐに確かめることができるということが魅力でした。素粒子物理学の分野は2008年のノーベル物理学賞のように理論の構築から実験で確かめられるまでに数十年かかるのは普通ですから、それは私にとっては少し長く感じました。物性物理学は、理論と実験の連携がとてもうまくいっていて、堅実な発展を遂げている美しい学問体系と言えます。また物性物理は先ほどのマルチフェロイックスのように応用面の可能性が開けているということも魅力の一つでした。

Q.最後にメッセージをお願いします。

 私自身は、特に物理や数学が得意だったわけではなく、理論物理に憧れていたので、このような分野を志しました。もちろん、得意でないと大変なことも多いかと思いますが、粘り強く勉強し続けるときっと道は開けると思います。
 必ずしも物理や数学が得意な人だけではなく、コンピュータープログラムが得意な人や実験が得意な人、共同研究を組織するのが上手な人など多様な人が集まることによって研究が進展すると思います。得意不得意でなく、自分がやりたいと思う分野にぜひ進学してください。

インタビューの様子
(左)広報アシスタント
(右)望月先生

(インタビュアー 坂田 修一)

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