各公募研究(平成30〜31年度)の概要

01

代謝特性の違いを基盤とする雌雄生殖細胞の性スペクトラム制御機構の解明

研究代表者
林 陽平
東北大学加齢医学研究所/助教
研究室 HP

概要

代謝の調節は、細胞の分化、シグナル応答など、細胞活動のあらゆる局面で重要な役割を果たすことが明らかになってきています。一方で、精子や卵、それらの源となる胎仔期の始原生殖細胞といった生殖細胞系列の代謝状態がどのように調節されているか、配偶子の形成、受精を介した個体発生全能性の獲得といった生殖細胞特有の現象とどのように関連しているかは分かっていません。我々はこれまでに、始原生殖細胞の代謝状態を調べ、性分化が起こって間もない生殖細胞でも、オスとメスで代謝状態が大きく異なることを見出しました。

本研究では、雌雄始原生殖細胞の代謝調節を担う遺伝要因と、その性分化、精子や卵の形成への寄与を明らかにすることで、生殖細胞の性スペクトラム上の位置の制御・決定において代謝調節が担う役割を理解することを目指します。

02

リン脂質代謝が規定する性スペクトラム

研究代表者
佐々木 純子
東京医科歯科大学/准教授
研究室 HP

概要

胎生期にメス型の顆粒膜細胞、またはオス型のセルトリ細胞へと分化した支持細胞の性は、出生後もそのまま安定し続けるわけではなく、積極的にその性を維持する機構が備わっています。出生後の顆粒膜細胞では Foxl2 やエストロゲン受容体が、セルトリ細胞では Sox9Dmrt1 が、互いの発現を抑制しながら支持細胞の性を維持しています。しかしながらこれらの過程におけるリン脂質代謝の関与は不明です。

最近私たちは、ある一部の顆粒膜細胞においてイノシトールリン脂質代謝の変調を導くと、支持細胞のオス化・メス化の度合いが変化することを見出しております。本研究ではこれを利用し、リン脂質代謝の観点から、支持細胞の性スペクトラム制御機構の解明を行います。

03

ショウジョウバエ生殖細胞の性決定機構の解析

平成30年度途中で辞退

研究代表者
小林 悟
筑波大学生存ダイナミクス研究センター/教授
研究室 HP
  • 連携研究者
    林 誠
    (筑波大学生存ダイナミクス研究センター/助教)

概要

本研究は、生殖細胞系列の前駆細胞である始原生殖細胞の性決定機構をショウジョウバエを用いて明らかにすることを目的としています。始原生殖細胞は、2本のX染色体を有する場合(XX)には自律的にメス化し、1本のX染色体を持つ場合(XY)には、オス化します。

最近、私たちは、オスの体細胞においてX染色体上の遺伝子発現を倍加させ、メスの発現量と一致させる「遺伝子量補償」という現象が、オスの始原生殖細胞では欠如していることを見出しました。このことから、始原生殖細胞の性は、X染色体上の遺伝子の発現量により決まるのではないかと考えるに至りました。本研究では、X染色体上には始原生殖細胞のメス化に関わる遺伝子が存在するのか、という点に焦点を絞り研究を行います。

04

雌だけに限定されるベイツ型擬態の分子機構の解明

研究代表者
藤原 晴彦
東京大学大学院新領域創成科学研究科/教授
研究室 HP

概要

無毒な種が有毒な種に似せて捕食者から逃れるベイツ型擬態は広範な動物に見られます。興味深いことに、多くの蝶ではベイツ型擬態はメスだけに見られ、また模様が異なる複数の種類のメスが存在する種も存在します。例えば、シロオビアゲハの擬態型メスは毒蝶に似せる一方、オスは自分と同じ紋様の非擬態型のメスを好むとされ、翅の紋様パターンが擬態と性選好(mate preference)の両方に影響を与えると推測されます。

「なぜメスだけが擬態するのか」、「なぜ全てのメスが擬態型とならないのか」という疑問に答えるために、本研究では擬態型と非擬態型が doublesexdsx)によって切り替えられるシロオビアゲハを用いて、擬態と性戦略が2種類の dsx によりどのように制御されているかを解明しようと考えています。

05

性決定に関わる抑制性ヒストン修飾の役割

研究代表者
篠原 隆司
京都大学大学院医学研究科/教授
研究室 HP

概要

性決定はマウスの場合には胎生期10.5日に始まる Sry 遺伝子の発現により開始し、下流の遺伝子カスケードで不可逆に決定されると考えられています。しかし、近年の研究により性が可塑性をもち、成体の生殖巣でも逆の性別へと変化しうることが明らかになってきました。

性決定の過程にエピジェネティックな遺伝子制御がどのように関わっているのかは明らかではありませんでしたが、立花誠博士らが Jmjd1a 遺伝子欠損マウスでは Jmjd1a はヒストンH3の9番目のリシン残基の脱メチル化を介して性転換が起こることを報告しました。この結果から、他のヒストン修飾も性決定に関与する可能性が出てきました。そこで本研究ではヒストンH3の27番目のリシン残基のメチル化に関わる Ezh2 が性決定を制御する可能性を検討します。

06

性染色体XO型の絶滅危惧種アマミトゲネズミ生殖細胞の性スペクトラム

研究代表者
本多 新
京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設/特定准教授
研究室 HP

概要

雌雄とは精子と卵子をつくる器であり、性スペクトラムの両末端にはそれぞれ精子と卵子があると考えられます。本研究は、雌雄共に性染色体がXO型という極めて稀な絶滅危惧種、アマミトゲネズミから樹立された、真のナイーブ型iPS細胞を活用して、生殖細胞に性スペクトラム上の幅があるのか否かを探ります。雄由来の精子と卵子、雌由来の精子と卵子にはどのような違いがあるのか、さらに、精子由来のX染色体(雄性XO型)、卵子由来のX染色体(雌性XO型)、もしくはその両方(XX型)がそれぞれ胚となった時、それはどのような発生運命をたどるのかを調べます。性差に由来した生殖細胞と胚の偏りを、性スペクトラムとして数値化します。

本研究により、生殖細胞における性スペクトラムの幅を顕在化できると期待されます。

07

性スペクトラムにおける生理活性脂質プロスタグランジンの役割

研究代表者
土屋 創健
熊本大学生命科学研究部/講師
研究室 HP

概要

プロスタグランジンはアラキドン酸からシクロオキシゲナーゼを律速酵素として産生される一群の生理活性脂質で、近傍の細胞膜に存在する受容体を介して生理作用を発揮します。

本研究では、主にゼブラフィッシュを対象に、プロスタグランジンが性スペクトラムに及ぼす作用をトランスクリプトーム解析により定量的に評価し、性スペクトラムにおける定位・可動性を同定することで、連続する性の表現型として定義することを目指します。さらに、プロスタグランジンの下流で生じている作用分子メカニズムを明らかにし、本作用が哺乳類においても保存されているのかを検証します。

08

性スペクトラム構築の基盤となるエピゲノム情報の機能発現機構

平成30年度途中で辞退

研究代表者
胡桃坂 仁志
東京大学定量生命科学研究所/教授

概要

真核生物の細胞核では、ゲノムDNAがヒストンタンパク質によって高度に折りたたまれて、クロマチンを形成しています。性決定や性分化のプロセスでは、ヒストンのバリアントや翻訳後修飾によってエピゲノム情報がクロマチンに付与されます。このようなエピゲノム情報の付与によって、クロマチンの高次構造やダイナミクスが変動し、遺伝子の発現が制御されていることが分かってきました。

本研究では、生殖細胞分化に関連するエピゲノム情報を含んだクロマチンを試験管内で再構成して、これらの再構成クロマチンを用いて立体構造解析および機能解析を行うことで、性スペクトラムの基盤となるメカニズムを明らかにすることを目指します。

09

Y染色体上遺伝子と性スペクトラム

研究代表者
的場 章悟
理化学研究所バイオリソース研究センター/専任研究員
研究室 HP
  • 連携研究者
    田村 勝
    (理化学研究所バイオリソース研究センター/チームリーダー)
  • 連携研究者
    小倉 淳郎
    (理化学研究所バイオリソース研究センター/室長)
  • 連携研究者
    三浦 健人
    (理化学研究所バイオリソース研究センター/特別研究員)

概要

ほ乳類の雌雄は、一見して容姿で見分けられるほど様々な部位で異なる表現型を示します。この表現型の違いはほとんどがY染色体の有無によって決定されていますが、これまでY染色体では通常の遺伝子改変法が難しかったことから、多くの遺伝子の機能が分かっていません。

そこで本研究では、Y染色体上の様々な遺伝子についてTriple CRISPR/Cas9法を用いて迅速にノックアウトマウスを作出し、それらの表現型を理化学研究所バイオリソース研究センターの表現型解析パイプラインに乗せて解析することで、Y染色体上遺伝子が全身および各器官の性スペクトラム上の位置決定にどの程度関わるかを網羅的かつ定量的に明らかにします。

10

性ホルモン依存しない性差を示す疾患モデルマウスの解析

研究代表者
小林 慎
産業技術総合研究所/主任研究員
研究室 HP
  • 連携研究者
    足達 俊吾
    (産業技術総合研究所/主任研究員)
  • 連携研究者
    石野 史俊
    (東京医科歯科大学難治疾患研究所/教授)

概要

性差は精巣と卵巣形成に由来するステロイドホルモンに起因すると考えられていますが、私たちは生殖腺が出来上がる以前の胚、すなわち精巣と卵巣の違いに由来しない時期に、発現に雌雄差を示す遺伝子がある可能性を検討してきました。

このようにして見つかってきた雌胚のみで発現する遺伝子の機能を明らかにするため人工的に遺伝子を破壊したノックアウトマウスを作っています。その中で、ヒト疾患に似た表現型が現れるマウスを見いだしました。しかもこの表現型は雌にのみ現れ、異常に雌雄差が存在することを示す興味深い知見であり、性が関与する生命現象のひとつとして、詳細な研究を行いたいと考えています。

11

トンボで幅広く見られる性スペクトラムの分子基盤

研究代表者
二橋 亮
産業技術総合研究所/主任研究員
研究室 HP

概要

トンボは基本的に視覚で相手を認識することから、翅や腹部の色彩・斑紋がオスとメスの間で著しく異なる種が多く存在します。興味深いことに、性的二型を示すトンボの幅広い種類で、体色や斑紋がオスに類似するメス(オス型メス)や、逆にメスに類似するオス(メス型オス)の出現が知られています。この現象は、生態学的・行動学的な面から研究が進められてきましたが、トンボの体色多型や性分化に関わる分子基盤は、ほとんど未解明です。

最近、私たちは、一部のトンボでメス多型を決定する有力な候補遺伝子を見出しました。本研究では、複数種のトンボのメス多型、オス多型に着目しながら、トンボの性分化メカニズムを包括的に理解することを目指します。

12

オス特有のトラウマ記憶の性スペクトラム

平成30年度途中から参画

研究代表者
坂井 貴臣
首都大学東京理学研究科/准教授
研究室 HP

概要

哺乳類やショウジョウバエ(以下、ハエ)では、過度なストレスによるトラウマ記憶がオスの性的モチベーションを長期間低下させることが知られています。ハエは遺伝子発現により細胞自律的に性が決定します。ハエの脳神経細胞のうち約3000個が性決定遺伝子を発現しており、オスではオス化ニューロン、メスではメス化ニューロンとなっています。オスの求愛行動制御にかかわるコマンドニューロンは極めて限られた数のオス化ニューロンであることが分かっていますが、オス特有のトラウマ記憶の形成機構はよく分かっていません。

我々はこれまでに、オス特有のトラウマ記憶に必要な脳領域を同定してきました。本研究ではそれらの脳領域に注目し、ハエの遺伝学を利用してオス特有のトラウマ記憶形成の性スペクトラムの仕組みを解明したいと考えています。

01

性差を導くステロイドホルモン作用のスペクトラム

研究代表者
神田 真司
東京大学大気海洋研究所/准教授
研究室 HP
  • 連携研究者
    藤森 千加
    (東京大学大気海洋研究所/特任研究員)

概要

性は配偶子形成のみならず、行動にも影響を及ぼします。多くの生物では、メスはオスに比べ性行動に対して消極的で、配偶の決定はメスの選択に依ります。これは卵が精子よりも栄養などのコストがかかるためと言われています。しかし、タツノオトシゴの一種など、オスが育児をするなど結果的により多くのコストをかける種では、配偶相手の選択権がオスである例も知られています。

私は、メダカを用い、配偶子形成あるいは行動に影響を及ぼしうるホルモンの性的二型を倒錯したモデルを作成し、行動と配偶子形成コストのバランスが壊れた性スペクトラムモデルを作成し、その意義を解明します。また、自然の性スペクトラムモデルである性転換魚を用い、ホルモンの性的二型の性に応じて変化の有無を解析し、配偶子形成およびそれ以外の性的可塑性メカニズムの解明を目指します。

02

オスマウス超音波発声スペクトラムを制御する内分泌-神経回路の同定

研究代表者
菊水 健史
麻布大学/教授
研究室 HP

概要

性の戦略は決して二極化だけが優位に働くわけではありません。オスらしさを隠蔽し、オス同士の激しい競争から逃れつつ、繁殖の機会を狙うという戦略が魚類や鳥類では認められ、オスの多様な表現型、すなわち性スペクトルとして知られてきました。

実験動物であるマウスでも、オスが発する超音波音声(ultrasonic vocalizations, USVs)が、メスの交配嗜好性に寄与するオスシグナルであること、メスの繁殖中枢を活性化させますが、興味深いことに、USVsはオスマウスの1割程度はメスと出会っても発声しない、スペクトラム型のオス表現型であることがわかりました。そこで本研究では哺乳類では貴重なオスの性スペクトラムモデルであるUSVsに着目し、内分泌要因と性スペクトラムの関係を、特に主嗅球から偏桃体内側核前部に投与する回路に着目して明らかにします。

03

雌雄キメラ・ラットモデルで見る「性分化の優位性」

平成30年度途中から参画

研究代表者
磯谷 綾子
奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科/准教授
研究室 HP
  • 連携研究者
    伊川 正人
    (大阪大学微生物病研究所/教授)
  • 連携研究者
    由利 俊祐
    (奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科/助教)

概要

XY型の雄とXX型の雌の細胞が入り混じった雌雄キメラマウスでは、雄の表現型を持つ個体が多く誕生します。これは、雄への性分化が早くはじまり、“性の表現型”に優位に働いているためと考えられていました。しかし、ラットのXY型ES細胞を用いてキメラを作製すると、雌として誕生する個体が、マウスの場合より明らかに多いことを見出しました。もしかすると、ラットでは、マウスとは異なったメカニズムが“性の表現型”に関わっているのかもしれないと考えました。

そこで、本研究で、雌雄キメラ・ラットを解析することで、「性分化の優位性」に関わる要因を調査したいと考えています。

01

環境応答により雌雄を産み分けるミジンコの性スペクトラム

研究代表者
加藤 泰彦
大阪大学大学院工学研究科/助教
研究室 HP

概要

環境ストレスによりメスと遺伝的に同一のオスを生むミジンコの性決定は、環境ストレスが性スペクトラム上の位置を両極端に変化させる現象と言えます。ダブルセックス1(Dsx1)遺伝子の機能をオスで抑制すると性スペクトラム上の位置がメスの方向へ移動します。またエピジェネティックな要因、環境要因である共生菌が性スペクトラム上の位置を決定する重要な因子であることが最近明らかとなってきました。

本研究では、我々が作出したメス化の度合いが異なる2つのDsx1変異体を利用して、Dsx1遺伝子の発現を制御するヒストン修飾やメチル化等のエピゲノム修飾の実体、性に関連する共生菌を明らかにし、遺伝的要因、エピジェネティックな要因そして環境要因がどのように相互作用して性スペクトラムの位置を決定するのかを解明します。

02

繁殖機会の乏しい深海で進化した矮雄化を伴う環境性決定機構の解明

研究代表者
宮本 教生
海洋研究開発機構海洋生命理工学研究開発センター/研究員
研究室 HP

概要

繁殖機会の乏しい環境では効率よく交配するために特殊な性表現が進化することがあります。ホネクイハナムシは海底に沈んだ鯨の骨に生息する多毛類で、鯨の骨に根を張って暮らしており、浮遊幼生期に分散します。鯨の骨に着底した幼生がメスとなり大きく成長し、メスに付着した幼生が非常に小さなオス(矮雄)となることで、偶然鯨の骨にたどりついた2個体で繁殖することが可能になると考えられています。

このようにホネクイハナムシは付着基質に依存した性決定と矮雄化といった特殊な生殖様式を持つのですが、その仕組みは全く不明です。本研究では、ホネクイハナムシにおける性スペクトラム上の方向性を規定する因子の探索とその後の性特異的な形質の発現に関わる分子基盤を解明します。