「混迷のシリアを読み解く」

公開シンポジウム実施報告

 2013年1月27日日曜日14:00-17:00に、駒場キャンパス21KOMCEE地下1階レクチャーホールにて、
UTCMES公開シンポジウム「混迷のシリアを読み解く」が開催されました。
 以下にその報告文を掲載します。

公開シンポジウム「混迷のシリアを読み解く」報告記
執筆:田熊友加里(日本女子大学大学院文学研究科史学専攻博士課程後期3年)

 2013年1月27日(日)に、東京大学(駒場)にて、東京大学中東地域研究センター(UTCMES)主催、同大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻共催の公開シンポジウム「混迷のシリアを読み解く」が開催された。本シンポジウムは、現在も20ヶ月以上の内戦状態にあり、まさに中東のパワーバランスの要と言われるシリア情勢について、4名の専門家が外交・学問・ジャーナリズムの観点から多角的に分析し、シリア問題に対する見識を深めることを目的とした。

 辻上奈美江氏(UTCMES特任准教授)による趣旨説明の後、長岡寛介氏(外務省中東アフリカ局中東第一課長)が、「シリア情勢と日本の対応」と題して、シリア情勢の分析およびシリア問題の解決に向けた日本政府の取り組みを紹介した。これまで日本政府は、①アサド政権に対する経済制裁措置(5回)②シリア難民・避難民への人道支援③復興支援準備(電力・水・農業)を実施してきた。一方で、国連の安保理制裁決議では、ロシアと中国が拒否権を発動した。長岡氏はその理由を、両国の内政問題に「アラブの春」が波及する可能性への憂慮と、中東地域における経済的影響力の低下を懸念する姿勢がみえると指摘した。有志国によるシリア・フレンズ会合(閣僚級)の実施や、暫定政府の樹立を目指した「ジュネーブ合意」の
提案が試みられたが、アサド政権と反体制派間の交渉は難航している。今後、日本政府は日本国憲法と国民感情を考慮した上で、支援策を慎重に審議する方針であると述べた。

 続いて、黒木英充氏(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授)が、「シリア内戦の歴史的要因―社会変動と国際的介入の複合」と題して、シリア内戦の歴史的背景を、フランス委任統治期以来の宗派問題、19世紀の東方問題以来の国際的介入の構造、都市・農村問題と人口移動の3点から分析した。シリアでは、オスマン帝国期から都市名望家層(スンナ派)が農村を圧倒する社会構造にあったが、シリア大反乱(1925~27年)と土地改革政策(1950年代末~)の結果、名望家層の基盤は弱体化した。代わって、軍や警察に所属するアラウィー派等の少数派や農村出身者が発言力を強めた。さらに、1971年のアラウィー派政権成立後に伝統的な都市名望家層が国外へ流出し、アサド政権(2000年~)以降、開放的な経済政策の影響で、農村・都市間で貧富の差が極大化した。こうした状況下で、国際的な諸勢力は中東政治の要であるシリアと有力な外交関係を結ぼうと凌ぎを削り、内戦をより複雑な構造にした。黒木氏は、大規模な戦争あるいはジェノサイドを回避するためには、諸外国が妥協への糸口を模索することが重要であると結んだ。

 次に、高橋英海氏(東京大学大学院総合文化研究科准教授、UTCMES兼務准教授)が、「シリア地方のキリスト教徒 過去・現在・そして?」と題して、シリアにおける少数派キリスト教徒の歴史と現在の動向を論じた。トルコにおけるキリスト教徒の迫害や近年のイラク戦争の影響を逃れて、現在のシリア国内にはキリスト教諸宗派が混在している。2011年以降、教会爆破事件が多発し、キリスト教会側からは、少数派キリスト教徒の宗教と人権を尊重する「ポジティブな世俗主義」を切望する声が上がった。高橋氏はキリスト教会側の声明文を引用し、少数派のアラウィー派と多数派のスンナ派間の宗教紛争に伴うキリスト教徒へのジェノサイドの危険性を指摘した。また、イラク(2000年)との類似点として、①イスラームが多数派でキリスト教徒が人口の10%以下の多宗教・多民族国家である点②キリスト教徒の教育水準が比較的高く、官公庁・教育・サービス業で活躍している点③以前の独裁国家の下で治安は良好であり、キリスト教徒の中に旧政権支持者が多くみられた点④政変に際して、西側諸国の意向が大きく影響を与えた点等を挙げた。

 最後に、川上泰徳氏(朝日新聞社国際報道部・機動特派員)が、「「アラブの春」の現場から見るシリア情勢」と題し、エジプトを事例に挙げて、「アラブの春」におけるムスリム同胞団の影響力を分析した。以前のエジプトでは、独裁政権のもとで、警察と協力者の連携によって秩序が保たれており、特にムスリム同胞団は地区ごとに自警団を結成し、強力な組織力を誇った。しかし、政権崩壊後に社会が無秩序状態となり、諸派の権力闘争を招く結果になった。川上氏は、「民主化」の実態を問うこと、すなわち、少数派のキリスト教徒を含む社会的弱者を誰が守るのかが問題であると指摘した。シリアでは、ムスリム同胞団対サラフィー派の勢力争いがある一方で、現アサド政権と繋がりをもつシリア市民が多く潜在している。川上氏は、複数の組織の利害関係が複雑に絡み合ったシリア問題は容易に解決できず、当面は硬直状態が続くだろうと推測した。

 第二部のパネルディスカッションでは、シリア問題に対する日本の支援策、ムスリム同胞団とハマスの関係、シリアのカトリック教会とバチカン総主教の関係など多岐にわたる質問が活発に交わされた。1月に発生したアルジェリア情勢の影響もあり、会場は学生を含め多数の来場者で満席となり、メモを取りながら熱心に講演に聴き入る参加者の姿が多く見られた。

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