第5回「民主化とイスラーム:パキスタンの場合」

2012年度中東イスラーム世界セミナーの実施報告

講師:山根聡(大阪大学大学院言語文化研究科教授)
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 2012年6月8日金曜日に、駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム4にて、第5回中東イスラーム世界セミナー「民主化とイスラーム:パキスタンの場合」が開催されました。

 冒頭、講師の山根聡・大阪大学大学院言語文化研究科教授は、2008年に実施された総選挙を例にして、識字率の問題から候補者や支持政党を区別するために絵を用いること、各政党が関係者を各投票所に派遣すること、さらに投票箱を半透明にすること、さらに重複投票を避けるために投票者の指にインクを塗るなど、日本とは異なる選挙の方法や不正対策の様子を紹介しました。

 続いて、パキスタンの国土、主要産業などパキスタンの概況を踏まえ、パキスタンは鉱物や石油が産出されないため、イランのようにアメリカへの敵視をあからさまにはできないこと、2030年にはインドネシアを抜いて世界最大のムスリム人口を抱える国家になる一方、南アジアというくくりではインドの周縁であり、また中東というくくりではアラブ諸国の周縁であるという「二重の周縁性」に置かれていることが確認されました。

 そして現代パキスタンの政治史について、山根講師は、パキスタンでは様々な民族が暮らすことによって生じる自治運動が展開されたが、多民族統合の紐帯としてイスラームが利用されたこと、そのイスラームの紐帯においても、軍政と民政、また世俗化とイスラーム化が繰り返されてきたことを、アユーブ・ハーンやズィアーウル・ハックら諸政権の一連の施策と共に解説しました。そしてパキスタンにおいては、国家の安全保障という観点、また教育を受けたエリートであるという観点から、軍が優位性を保持し、政治が政府と軍の両輪体制にあること、さらに軍政とイスラーム化は連動せず、民政の汚職が過ぎると軍が実権を掌握し、国際情勢におけるパキスタンの地政学的重要性を示しながら、したたかに国際社会との関係を良好に保ってきたことが確認されました。また西欧的な教育を受けた知識人としてのイメージの強いブットー父娘の時代にも、その政策はイスラーム化と直結していることが指摘されました。

 そして「アラブの春」との関連で、山根講師は、それまで政権に従属的であった司法が軍を批判し、国民的運動が展開された結果、ムシャッラフ政権が打倒されたことなどを踏まえ、近年パキスタンが経験した(している)一連の政治的変動は、「アラブの春」の先取りともいえるものであると主張しました。また司法の拡大による三権分立の確立は、他方ではパキスタンにとっては死活問題である、軍の弱体化を招きかねないとの見解を示しました。

 最後に山根講師は、パキスタンとアメリカ及び中国との関係について言及しました、とりわけ近年パキスタンは中国との関係を強化しつつ、他方でアメリカとの関係も無下にしない政策を維持しており、この態度は、将来的にパキスタンを舞台にした米中の争いを引き起こしうるとまとめました。今回のセミナーには、研究者や企業関係者、学生らが参加し、カシミール問題の解決策、パキスタン国民のインド理解、また国内の政治運動の実態など、幅広い問題について質疑応答がなされました。