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東京大学フューチャーセンター推進機構

CYTOLOGIA

International Journal of Cytogenetics and Cell Biology

キトロギア(CYTOLOGIA)をご存知でしょうか? 国際細胞学雑誌キトロギアは財団法人日本メンデル協会が刊行しています。メンデル協会の事務局は、東京都文京区本郷の東真ビル内にあって、キトロギアの刊行に当たっています。一方、キトロギア編集局は、東京大学柏キャンパス生命棟の私たちの研究室(植物生存研究室)内にあります。

キトロギアの表紙のコレクションをご覧下さい。キトロギアの表紙は、 “Technical note”になっていて、一つの論文として扱われます。表紙と“Technical note”に投稿希望の方は編集局まで是非ご一報ください。

E-mail: Mendel-Cytologia@ib.k.u-tokyo.ac.jp

キトロギアの時代

キトロギアは1929年に創刊された日本初の欧文専門雑誌です。創刊号(1929)から、独立行政法人科学技術振興機構(JST)のアーカイブサイト、ジャーナルアーカイブ(Journal@rchive)で、全編無料ダウンロードできます。 ただし、最新号は除きます。これについては日本メンデル協会のホームページからのアクセスが容易です。

キトロギアという雑誌の面白さは、太平洋戦争(1941-1945)の最中にあっても、欧文専門科学雑誌として敵性語の英語を使い続いたことで、後付を見ると頒布もドル建てのままだったようです。それは創刊者藤井健次郎(1866-1952)の矜恃によるものかもしれません。

キトロギア創刊の1929年は大変な年でした。J.K.ガルブレイスの著書に『大暴落1929』という目を引くタイトルのロングセラーがあります1)。そこには「1929年9月始めに24ドルだった株価は10月24日(木)には12ドルまで急落、「暗黒の木曜日」とその翌日はかなりよく持ちこたえたが、翌週29日には3ドルになっていた」とあります。

当時、日本の不況はアメリカよりもっと深刻だったようで、関東大震災後の不況の中で失業者が町にあふれる日本に、追い討ちをかけたのが「暗黒の木曜日」だったといわれています。日本の失業率は20%を超え、農作物は売れないうえに冷害や凶作の大打撃を受けて、欠食児童が急増し、娘の身売りも横行しています。キトロギアは、日本の最も困難な時代に誕生し、藤井をはじめとする研究者の懸命の努力で国際誌へと育まれたことを忘れないでいたいと思います。

木原均とゲノム説

1929年から1930年代にかけてキトロギアで最も活躍したのが木原均(1893-1986)です。創刊号(1929)の巻頭を飾った論文に加えて、毎年のようにキトロギアに寄稿しています。木原は、この“Conjugation of Homologous Chromosomes in the Genus Hybrids Triticum x Aegilops and Species Hybrids of Aegilops”と題した巻頭論文で2)、コムギ5倍性雑種の染色体伝達から「ゲノム説」をまとめたとするのが通説です。翌1930年には、“Genomanalyse bei Triticum undAegilops”と題したドイツ語の論文を同じくキトロギアに発表しています3)。この論文は生物種のゲノム関係を明らかにする細胞遺伝学的方法として「ゲノム分析」を提唱した論文として有名なものです。「ゲノム分析」であって、「ゲノム解析」でないことに注意してください。いずれにしても、「ゲノム」という言葉が使われたのは、キトロギアが最初と考えていいでしょう。

Who’s Who

1巻2号(1929)には、“Chromosome Studies in Some Dioecious Plants, with Special Reference to the Allosomes”と題された3)、篠遠喜人(1895 -1989)の古典的なスタイルの論文が掲載されています。篠遠を知らない世代も多くなっていますが、東京大学教授、国際基督教大学学長、日本メンデル協会初代会長、財団法人染色体研究所理事長などを歴任した篠遠を、出身地の長野県下諏訪町では今でも深く敬愛していて、小学校の副読本などにも取り上げあれているようです。

この論文は80ページを越える大部のもので、24種の雌雄異株植物(Dioecious Plants)の性染色体に関する記載があります。また、約60種の性染色体をもつ雌雄異株植物と約30種の性染色体をもたない雌雄異株植物がリストされています。ちなみに、この論文のタイトルにあるAllosomesとは異質染色体のことで、性染色体と同義語として用いられています。雌雄異種植物でXY型の性染色体をもつヒロハノマンテマを研究している私たちにとっては必読論文の一つです。

キトロギアをさらに読み進めると、3巻2号(1931)に、“A Gene in Zea mays for Failure of Cytokinesis during Meiosis”という論文に気付きます4)。著者はG. W. Beadleとあります。今では普通のことですが、こういう感じのタイトルはこの時代では新鮮です。材料はトウモロコシ(Zea mays)とあります。

G.W.ビードル(1903-1989)は、E.L.テータムとともに、アカパンカビの研究で有名です。アカパンカビにX線を照射し、突然変異を起こさせると、代謝経路の特定の酵素が変異していたという1941年の実験で、遺伝子と酵素反応は直接関連していることがわかって、「一遺伝子一酵素説」として知られるようになりました。「一遺伝子一酵素説」と聞くと懐かしく高校や教養課程の生物を思い出す方も多いかも知れません。ビードルは、この印象が強いので、アカパンカビの研究者と思われがちです。ただ、彼の年譜からは、最初、トウモロコシの研究者であったことがわかります。

ネブラスカ生まれのビードルは、1926年に、ネブラスカ大学農学部を卒業し、コーネル大学の大学院に進学します。そこで出会ったのがR.エマーソンとB.マクリントックです。ビードルが学位を取得したのは1931年のことです。キトロギアに投稿されたのは1931年11月とあり、所属はカルフォルニア工科大となっています。マクリントックもこの年の冬、ビードルのボスのT.H.モーガンのところに滞在して、トウモロコシの染色体の核小体形成部位(NOR)を研究しています4)。ビードルのキトロギア論文は、ビードルがエマーソンとマクリントックの影響を離れて最初となるものです。ビードルもマクリントックも後年、ノーベル賞を受賞しますが、この時期の論文は初々しさに溢れています。

この間のことは、『動く遺伝子-トウモロコシとノーベル賞』5)に詳しく描かれています。

温故知新―新しきを知る―

キトロギアには細胞遺伝学の古典が一杯詰まっていますが… それだけではありません。新しいフレッシュな論文も掲載されています。キトロギアはみなさんの積極的な投稿をお待ちしております。

キトロギアは、80年にわたる伝統と刊行業績を踏まえて、より高度な情報を迅速に国際発信することを目指しています。進展するゲノム科学の現況を踏まえた上での細胞遺伝学の基礎研究の成果を提供し続ける意義はより大きくなっています。ゲノム科学は今日主にモデル生物に限られていますが、その進捗にともなってさまざまな生物に拡大しつつあり、そこに基礎的なデータを提供するのもキトロギアの重要な役割の一つとなっています。

キトロギアへの投稿は90%近くが国外からです。投稿者の要望に応え、優れた研究成果を広く海外に紹介・発信するためにも、印刷ページ数を増やし、カラー図版も廉価で取り入れられるよう工夫しています。投稿料が極めて安く設定されているので、インド、中近東、アフリカ、中南米などからの投稿も多く、21世紀の科学研究領域における日本の国際貢献にも一役買っています。こうした努力が実って、海外頒布の部数は、多い順に、米国、インド、オランダ、イギリス、中国、ドイツ、ブラジル、イタリア、カナダ、アルゼンチンなど24カ国に上ります。

参考文献

  1. Galbraith, J.K. The great crash 1929 (1997 Edition), 1997.(村井章子・訳.大暴落1929、日経BPクラッシクス、2008)
  2. Kihara, H. Cytologia, 1, 1-15, 1929.
  3. Sinoto, Y. Cytologia, 1, 109-191, 1929.
  4. Beadle, G. W. Cytologia, 3, 142-155, 1931.
  5. Keller, E.F. A feeling for the organism, 1983.(石館三枝子、石館康平・訳.動く遺伝子-トウモロコシとノーベル賞、晶文社、1987)
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