(I) シリセン・ゲルマネン・スタネンの物理
シリセン(silicene)とはシリコンがハニカム格子状に結晶を組んだグラフェン状物質です。2014年に入り、物質が実験的に合成され、着目を浴びています。
この物質はグラフェンと同じように低エネルギーはDirac方程式で記述されます。
シリコンは原子が炭素より大きいために、結晶構造がバックルしており、スピン軌道相互作用が比較的大きくなります。
このためシリセンにはグラフェンよりも豊かな物性が潜んでいる事が期待できます。
実際、シリセンは、最近、大きな関心を集めているトポロジカル絶縁体を実現している物質の最有力候補です。またシリセンは従来のシリコンデバイスとの相性も良く、ありふれた物質であるシリコンでトポロジカル絶縁体が出来る事は興味深いです。私は世界に先駆けてシリセンの物性の研究を行っております。最近は、ゲルマニウムのハニカム構造であるゲルマネン(germanene)や錫のハニカム構造であるスタネン(stanene)も着目されています。これらの物質のシリセンと全く同様のハミルトニアンで記述されます。しかし、スピン軌道相互作用が極めて大きく、室温でトポロジカル絶縁体になる事が期待されています。
★ トポロジカル絶縁体とヘリカルゼロモード ★
シリセンに垂直に電場をかけるとバンドギャップを変化させることができ、臨界電場でトポロジカル絶縁体からバンド絶縁体へトポロジカル相転移を起こします。 また空間的に不均一な電場をかけるとヘリカルゼロモードが出ることを解析的に示しました。[NJP 14, 033003 (2012)]
★ 量子化コンダクタンスと電界誘起トポロジカル量子トランジスター ★
シリセン・ナノリボンの状態密度と電気伝導度をランダウアー公式を用いて計算し、電場によって、それらを制御出来る事を示しました。特に零エネルギー状態はエッジ状態によって決定されるので、臨界電場以下ではコンダクタンスが2で臨界電場以上で0になることを示しました。このことを応用して、電界誘起トポロジカル量子トランジスターを提案しました。[APL102,
172103 (2013)]
★ ジグザグ・ナノリボンとアームチェア・ナノリボン ★
グラフェン・ナノリボンとシリセン・ナノリボンはスピン軌道相互作用を断熱的に導入する事で、連続的に接続出来ます。アームチェアエッジではグラフェン・ナノリボンにはエッジ状態が存在しませんが、シリセン・ナノリボンにはトポロジカルに保護されたエッジ状態が存在する事を示しました。またアームチェア・ナノリボンが細い場合には、二つのエッジ状態が干渉して零エネルギー状態が消えることを示しました。この研究は永長先生との共同研究です。[PRB
88, 121401(R) (2013)]
★ 量子異常ホール効果 ★
強磁性体中などで磁場なしでもホール効果が起きる事が知られており、異常ホール効果と呼ばれています。シリセンに強磁性体を貼り付け交換相互作用を導入した系における量子異常ホール効果を解析し、運動量空間でスキルミオンが構成されていることを示しました。量子異常ホール効果状態ではフラットなヘリカルエッジモードが現れる事を示しました。また外部電場と交換相互作用場が両方あるときには、ディラック・コーンがK
点とK’ 点で逆方向に上下にシフトすることからバレーによって電子数が違うバレー分極金属状態が現れることを示しました。[PRL
109, 055502 (2012)]
★ 光誘起トポロジカル相転移 ★
光を照射した時の応答は時間的に周期的な系で適用出来るFloquet 理論を用いて解析出来ます。ディラック系に強い光を照射すると二次の摂動の効果でハルデン相互作用が発生します。この項によりシリセンが光誘起量子ホール状態にトポロジカル相転移をする事を示しました。特に興味深いのはトポロジカル相の境界でシングル・ディラックコーン状態が出現する事です。この状態は例えばK’
点ではギャップが閉じているが、K 点ではギャップが開いているという状態です。トポロジカル絶縁体の表面にシングル・ディラックコーン状態が出現する事は知られていましたが、二次元のバルク系でシングル・ディラックコーン状態が出現する事を示したのは世界で初めてす。この状態はNielsen-Ninomiya
fermion-doubling 問題を回避する希有な例となっています。またスピンがアップとダウンで速度の違う異方的カイラルエッジ状態と異方的ヘリカルエッジ状態を新たに発見しました。[PRL
110, 026603 (2013)]
★ 量子スピン量子異常ホール状態とシングル・バレー半金属状態★
シリセンの両側から強磁性体を貼り付けた時に出現するトポロジカル絶縁体を調べ、相図を決定しました。特に面白いのは量子スピンホール効果と量子異常ホール効果が共存する量子スピン量子異常ホール絶縁体です。これはK
点で量子スピンホール状態であり、K’ 点で量子異常ホール状態である特異な絶縁体です。またスピン縮重しながら、片方のバレーのみが半金属になるシングル・バレー半金属状態も新たに発見しました。[PRB87,
155415 (2013)]
★ 光吸収における円二色性とバレートロニクス★
シリセンに円偏光した光を当てた時の光吸収がトポロジカル絶縁体とバンド絶縁体で違う事を示しました。また右偏光と左偏光ではそれぞれ違うバレーで吸収が起きる事を示しました。トポロジカル相転移を光吸収における円二色性によって観測出来る事を理論的に提案しました。[PRB
86, 161407(R) (2012)]
★ 量子ホール効果 ★
磁場をかけた時の量子ホール効果を議論しました。グラフェンの場合と異なり、クーロン相互作用を入れなくてもゼロエネルギー状態が分裂することを示しました。[JPSJ
81, 064705 (2012)]