麹菌の核分配機構の解析
麹菌の特徴として、酵母と同じ真核微生物ですが、酵母が卵型の単細胞であるのに対して、多数の細胞が連なって生育する多細胞生物であることがあげられます。そして、その特異な形態をもつために、菌糸先端の細胞のオルガネラの数や構造は基部の細胞のそれらとは大きく異なることが明らかとなってきています。また、種麹として重要な胞子(正確には分生子)の細胞内も、条件が揃えばいつでも発芽できる状態を維持するために、核や液胞などのオルガネラが適切な位置に配置されていると考えられています。しかし、これまでの麹菌研究では酵素生産や生育特性などに関するものは多いのですが、1つ1つの細胞内部の構造を意識したものはほとんど皆無でした。当研究室では、麹菌を細胞生物学的に理解することが、基礎生物学的にも、醸造や酵素生産などの応用の面からも重要であるとの認識から、麹菌のオルガネラを可視化することにより研究を進めています。図1は、これまでの糸状菌に関する細胞内構造の知見をもとに、麹菌の細胞内オルガネラを模式的に示したものです。
図1
糸状菌において核は菌糸から分生子の至るところに存在し、その正確な局在は菌糸生長および分生子形成に必要です。また、核の輸送は、醸造や産業利用における麹菌の働きとも大いに関連があると推測されます。当研究室では、ヒストンH2B および緑色蛍光タンパク質EGFP (Enhanced Green Fluorescent Protein) からなる融合タンパク質を発現することで、麹菌の核を可視化しました(図2)。
図2
これまで核の可視化で用いられてきたDAPI 染色と異なり、EGFP を用いると生きた細胞のまま核を観察することが可能です。経時的に菌糸の先端を観察すると、多数の核が少し細長い形をしており、先端方向、基部方向と不規則な動きをしながら、最終的には菌糸生長に伴って移動するダイナミックな像が得られました(図3)。また、有糸分裂も経時的に観察することに成功しました(図4)。
麹菌は他の糸状菌と同様に分生子と呼ばれる無性胞子を形成しますが、その大部分は多核です(図5)。このことは、長い醸造の歴史で麹菌が遺伝的安定性をもつことが重要であり、麹の品質保持のために、多核の分生子をもつものが長年にわたって選抜されてきたと考えられています。FACS (Fluorescence-Activated Cell Sorter) は個々の細胞にレーザービームを当て、散乱光と蛍光を検出し、数値として測定するシステムです。当研究室では、糸状菌の研究で初めてFACS を導入し、これを分生子の核数の解析に用いました。現在、EGFP により核を可視化した分生子を変異処理し、FACSを用いて単核分生子を多く形成する変異株のスクリーニングを試みており、これまでに、分生子の80%以上が単核である変異株を取得することに成功しました。これは、麹菌の多核分生子形成機構の解明のみならず、変異株取得や形質転換株からのホモカリオン株取得の飛躍的な効率化をもたらすものと期待しています。
図5