染色体整列から染色体一塊化まで、分裂期を通しての多様な機能

Kidは1996年に当研究室においてクローニングされた、DNA結合能をもち微小管上をプラス端方向へと動くキネシン様モーター分子です。M期には染色体と紡錘体微小管上に局在し、染色体の中期板整列や紡錘体の安定化に寄与しています。分裂中期までのKidの染色体局在には、Cdc2/CyclinBによるリン酸化や、Kidのもつ核移行シグナル(NLS)を介したImportin α/β-RanGTPase系による制御が重要であることがわかってきました。



さらに、分裂後期には“分裂後期染色体コンパクション”と呼ばれる分配中の染色体をひとかたまりにする作用をもち、染色体を1つの核に収める過程を促進していることを見出しました。Kid遺伝子欠損マウスの初期胚では、分配中にまとまりきれず集団から離れてしまう染色体が高頻度に出現し、多核が形成され、約半数の胚が着床前に致死となります。Kidは体細胞においても染色体コンパクションを担っているにもかかわらず、Kid欠損による多核化は受精後の雌前核形成時と数回の卵割分裂時にのみ見られました。このことから、卵細胞に蓄積された母性因子依存的な分裂期の正常な核形成には特にKidによる染色体コンパクションを必要としていることが示唆されました。(Ohsugi et al., Cell 2008)


分裂中期を境にしたKidの役割のスイッチング


このようにKidは、中期までは染色体を紡錘体中央部へと押す力(polar ejection force)を生み出して染色体整列を助け、後期〜終期には染色体をひとまとめにするという、まったく異なる役割を担います。では、その役割の切り替えはどのように制御されているのでしょうか。

私たちはまず、Kidのリン酸化部位や各機能ドメインの 変異体をKidノックアウト細胞に発現させる実験を行いました。その結果、Cdk1によりKidの463番目のスレオニン(T463)がリン酸化されてKidの微小管結合領域(MTBD)が抑制されることが、前中期〜中期においてKidがpolar ejection force(PEF)を発揮するのに必要であることがわかりました。また、分裂後期に入ると、T463が脱リン酸化されることによりMTBDが活性化され、さらにCoiled-coil領域(CC)がはたらくことによって、KidはPEFを発揮しなくなることがわかりました。

興味深いことに、野生型Kidの代わりに、MTBDやCCを欠失したKid変異体、あるいはT463をアスパラギン酸置換して恒常リン酸化型模倣型にしたKid変異体を発現させた卵細胞では、分裂後期でいったんは両極へと分配運動を開始した染色体が再び紡錘体中央部に押し戻されてしまいました。つまり、T463のリン酸化—脱リン酸化を引き金としたKidのPEF-ONモードからPEF-OFFモードへの機能転換は、分裂期染色体の運動方向(分裂前中期、中期には紡錘体中央部へ、後期には紡錘体極方向へ)の切り替えに重要であることがわかりました。(Soeda et al., J. Cell Sci., 2016)        

カエルの卵抽出液を使って再構築された分裂期では、カエルのKidであるXkidタンパク質は後期が開始されるとすべて分解されることが知られています。つまり、同じ卵細胞でも、マウスとカエルではKidが発揮するPEFを止めるメカニズムが異なっていることもわかり、哺乳動物の卵・初期胚の分裂期の特異性の解明にも結びつく研究結果となりました。

解析中の課題・今後の課題

*Thr463のリン酸化・脱リン酸化によって、Kidのモーターとしての運動能にどのような変化があるのか?(矢島研と共同研究中)

*coiled-coil領域の役割は?

*Kidはどのようなメカニズムで染色体コンパクションをおこしているのか?

*Kid欠損により多核となったマウス胚が致死となる直接の原因は何か?生き残る胚と致死となる胚の差は?