講演2

森 保宏教授(名古屋大学) 「リスクの視点で考える構造設計と耐震補強」

講演要旨

 私たちは,様々な「リスク」の中で暮らしており,限られた予算や時間,技術でもって,これらとうまく付き合っていかなければならない。基準を設定し安全か危険かの二値論で考える限り,選択肢は安全にするか否かの2つに限られる。しかし,基準を満足しても好ましくない状態となる可能性はゼロではなく,さらには,一旦「安全である」と言い切ってしまった場合,そのベースとなる基準や「想定」の見直しをすることは難しく,結果としてより危険な状態に陥ることすらあり得る。建物の構造安全性も例外ではない。
 安全性をより合理的に確保する考え方として,危険性を「連続量」として捉える「リスクの視点」がある。いわゆる耐震強度が高ければ高いほど耐震安全性は高まることはいうまでもなく,連続量の中で,さまざまな選択肢を考えることで,より良い選択をすることが可能となる。たとえば,既存不適格木造住宅の耐震改修では,耐震診断評点1.0を満足することだけが正しい答えではない。人命を守るという視点に立てば,目標診断評点1.0 未満も視野に入れた改修方針も検討に値する。一方,大地震の後の避難所生活を避けたいのであれば,1.0を大きく上回る耐震性能を付与する必要があろう。その選択は,「価値観」に基づいて各自の責任においてなされるべきであり,その意思決定のための情報提供は専門家の責務である。
 責任者不在といわれる現代社会において,社会全体の安全性を維持・向上し,持続可能社会を実現するためには,安全性について各自が考えることが重要であり,二値論に基づく硬直化したシステムからの脱却こそが,その第一歩であると考える。

発表資料 動画(YouTube)