技術を「横につなげる」

[PDF]  2012年6月号 [第48号]技術経営戦略学専攻特集 
カテゴリ:[社会]  学科:[システム創成][大学院の専攻]

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 皆さんは、技術経営という言葉を聞いたことはありますか?

 東大の工学系の大学院では純粋な科学技術だけではなく、経営的な視点からも研究がなされています。科学技術を活かすために、世界で生き残っていくために、どんな視点が必要なのでしょうか。日本の将来を考える上でも、「技術経営」は重要なキーワードと言えそうです。

 知財戦略とイノベーションについて研究をされている元橋一之教授にお話を伺いました。




技術経営とはどのようなもので、なぜ工学系研究科で「経営」を扱うのでしょうか


 技術経営とは、簡単に言えば「技術をいかにお金に換えるかを考えること」です。

 日本企業は欧米に比べても多くの特許を持ち、技術力があると言われますが、1990年のバブル経済崩壊以降、韓国・中国企業の急成長とは対照的に経済成長がほぼ止まっています。その理由を考えた時に、技術力そのものでなく「技術をお金に換える技術」に問題があるのではないかという結論に至ったわけです。

 そこで技術のことが分かっている工学系研究科が技術経営を研究・教育する必要があるだろうということで、2006年に技術経営戦略学専攻が設立されました。

技術経営戦略学専攻ではどのような教育が行われていますか


技術経営戦略学専攻のロゴ。
技術的視点と経営的視点
のバランスを表現している。

 技術を「横につなげられる」人材の育成を目的とした教育を行っています。

 工学系研究科では化学や電気、機械などの専門分野ごとに最先端技術の研究が行われていますが、これらの技術をいかに製品として世に出すかを考えた時には、これらを「横につなげる」ことが必要になるためです。

 他の専攻と大きく異なるのは、現実の問題を扱うという点です。
 技術をお金にするにはできた製品を売らなければなりませんよね。デザインや価格をどうするか、コンビニエンスストアで売るのか、専門店で売るのか。これらを考えるのがマーケティングです。また製品を開発する場合は研究開発費を調達する必要がある。大企業だと他の事業や製品で出た利益でまかなえますが、ベンチャー企業の場合、投資会社からお金を引っ張ってこなければならない。これを考えるのがファイナンス。さらに研究チームをどう組むのかといった企業内の組織の問題もあります。

 以上のような基本となる知識を学んだ上で、それらを横につなげて実際にどう使っていくのかを、プロジェクトベースの学習(PBL)で実践します。
 例えば私の担当しているグローバルビジネスという授業では、スズキ自動車や資生堂がどのようにそれぞれインド、中国で成功したかなどという問題を皆でディスカッションするというPBLを行っています。

 基礎と実践をうまく組み合わせ、社会に出た時に現実的な問題にある程度対応できる能力を、修士の場合2年間で身に付けてもらいます。


どのような学生を求めていますか


 まず視野の広い人です。いろいろなことに興味を持って、周りからたくさん情報を取り入れられる人がいいですね。そこからさらに取り入れた情報を自分なりに組み合わせてストーリーを組み立て、問題を解決できる構想力を持った人でしょうか。

 例えばソニーは基本的にメーカー、つまりものづくりの企業なんですが、出井伸之・元社長の時に、映画会社を買ったり音楽配信サイトを立ち上げたりして、ソフト中心の経営に大きく舵を切りました。中国や韓国との競争の激化で、ものづくりでは利益を上げられなくなってきていた状況を鑑みると、この判断は当時正しいと思われていましたが、結果的にはうまくいきませんでした。

 「よく考えて経営すればうまく行く」とも限らないという例なのですが、世の中の状況を読んで方針を決めることで成功確率を高めることはできます。
 もし視野が狭い人がソニーの経営者だったら、ものづくりにこだわってしまいそもそも方針転換自体できなかったでしょう。視野が広いから戦略的判断ができたわけです。
 そして判断をするときには周りの状況・情報からストーリーを組み立て、「なぜそれがいいのか」を皆が分かるように説明できる構想力が必要になってくる。これらを備えた人はなかなかいないんですが、どの企業もそういう人を欲しがりますね。

 また当専攻の学生は社会とのつながりを積極的に持とうという意識が強いように感じます。裏面に広告が入る代わりに無料でコピーができる『タダコピ』というサービスをベンチャービジネスとして立ち上げた学生や、環境保護のNGOを立ち上げ海外で活動する学生もいます。

先生の研究について教えてください


エレクトロニクス企業の事業ポートフォリオ分析
各企業の特許数と関連事業の営業利益率から、どの技術が
売上げに貢献しているかを判断できる

 私たちは経済学的な観点から、イノベーションに関する実証研究をしています。イノベーションとは、技術をお金にする、つまり経済価値化することで社会に変革をもたらす一連のプロセスのことです。このプロセスを、例えば企業であれば自社だけではなく国内外の大学など外部の技術や知識を組み合わせて行おうとすることをオープンイノベーションと呼ぶのですが、これをどう進めればうまく行くのかという検証なども行っています。

 オープンイノベーションの一つのケースとして、企業と大学が共同して研究や事業を行う「産学連携」を例に研究を説明してみましょう。


特許データを用いた発明者ネットワーク分析
何万件もの特許データをコンピュータで統計的処理し、
技術同士の関連を分析できる。

 例えばトヨタが産学連携をやった場合とやらない場合に、どの程度利益が違うか検証しました。

 この研究の難しさは対照実験ができないことなんです。化学であれば触媒を入れるサンプルと入れないサンプルで同じ実験をして、反応がどう違うか比較できますが、トヨタは産学連携を実際にやっていて、やっていないトヨタは存在しないわけです(笑)
 そこでトヨタと似ていて、かつ産学連携をやってない企業のデータを何百社分も集めて統計的に分析するという方法を取っています。そのためにまずデータベースが必要なのですが、今私たちは特許のデータベースに力を入れています。というのも、特許は一つひとつの細かい内容が公開されているため、どことどこの共同研究かが容易に分かり、引用数から研究の効果を評価することもできるためです。


 日本企業と海外企業の産学連携の比較もやりました。日本企業は自分の会社の中だけでやろうとする風潮があり、アメリカなどの企業に比べると産学連携が遅れていると言われていたので、実際に検証したところ、確かに日本企業の方が少し遅れているということが分かりました。

 ここで大切なことは、国際的に技術の展開を考える必要があるということです。日本だけではなくて世界を見た方がたくさんいい技術や知識があるはず。例えば中国の市場が拡大している今、現地の大学などと組むことでより有益なオープンイノベーションができるかもしれないですよね。

最後に読者に向けてメッセージをお願いします


 まず日本以外の外の世界に目を向けてほしいですね。
 私はいつも学生に「時間がある時には中国やインドに一回行ってみろ」と言っています。日本人は、一つの専門分野や技術でこつこつやるのは得意なんです。国内市場だけでやっていけた時代はそれでよかったんですが、これから国内市場は小さくなっていきますし、中国市場はまだまだ伸びてくる。

 皆さんが就職して4、50代になる頃には外に出て行くことが間違いなく必要になります。早い段階から心の準備をしておくことが大事です。そして可能性を自分自身で狭めず、海外に限らず知らないこと、自分の興味のあること、新しいことにチャレンジすることを忘れないでください。

元橋研究室のHP

(インタビュアー 須原宜史・本田信吾)


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