材料の原子からシステムの安全を予測する

[PDF]  2012年4月号 [第47号]原子力国際専攻特集 
カテゴリ:[エネルギー]  学科:[大学院の専攻] 

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 原子力安全と保全について、物質と材料のシステム的観点から研究をされている関村先生にお話を伺いました。今回、先生自身の研究だけでなく、原子力国際専攻の特徴や将来像についてもお話をいただきました。




原子力国際専攻とはどのような専攻でしょうか?


 原子力国際専攻は、さまざまな工学領域の集大成である原子力工学の基盤的な知識や活用方法を体系的に身につけていく専攻です。

 原子力のシステムは有用である反面、一旦安全性を損なうと、社会、環境、人間の安全や健康にも影響を及ぼします。そのため、科学技術がどう人間社会に役に立てるかという点からも研究、教育、勉強することが重要です。

 総合工学分野では、教養学部から学んできた基礎的な知識を深めただけで課題を設定することは容易ではありません。また各領域の専門家を集めただけでは解決方法を見出せません。原子力国際専攻では、広い知識や文化論など、高度の教養を身に付けるとともに、原子力の安全性、国際的なエネルギー問題、放射線の医学応用、地球環境問題などの深い分野も扱っています。また、原子炉システムを現代の巨大で複雑な社会経済システムの一例として取り扱い、今後の工学研究のあるべき姿を追究しています。

先生の研究について教えてください。


 私は、放射線があたった物質の特性の変化と、機器とシステムの安全性と保全性の研究を行っています。
 放射線は、物質中の原子熱振動の100万倍以上のエネルギーを持っているので、放射線が原子に衝突すると、原子が弾き飛ばされます。その原子もまた高いエネルギーを持ち、別の原子をさらに弾き飛ばします。こうして、放射線を照射すると、物質にマクロな特性変化が起こります。この現象を照射損傷と呼んでいます。

図1 放射線照射損傷の過程と時間スケール


 照射損傷過程の微視的なシミュレーションを、計算機を活用して進めています。極短時間の物理的現象に基づいて長時間の工学的事象を追えるかが重要な研究テーマです。放射線が原子核と相互作用する時間は非常に短く、フェムト秒(10の-15乗秒)くらいです。そこから図1のような時間スケールの異なる現象が引き起こされます。最終的に材料を40年、100年間使うことから、10の9~10乗秒くらいまでの間までのマルチスケールシミュレーションが大きな課題となっています。

 例えば原子炉の圧力容器は、燃料から出た高速の中性子が長期間当たることで、損傷が蓄積して、脆くなります。仮に事故時に低音の冷却水が急激に入ると容器が破壊し、放射性物質が放出される可能性があります。材料と機器の安全性を予測する必要がありますが、40年間の実験をするわけにはいかないので、シミュレーション技術を高めるとともに、材料が脆くなるミクロな機構を解明する基礎実験も行っています。さらに、原子炉に入れた試験片とシミュレーション結果を照らし合わせることで、安全性を損なうリスクの評価法をより精度よくする必要があります。このようにシミュレーションや実験を組み合わせ、課題の解決法を見出すのです。

 また、現場では傷の有無で破壊様式が変わるので、感度の高い検査技術開発も重要です。検査の基準を技術的な根拠を持って定めることが保全という分野です。保全とは壊れたものを直すだけではなく、信頼性を高く保つべきシステムでは、壊れる前の検査、評価、処置をルールとして定めて計画的に運用する考え方をさします。原子炉などの複雑なシステムにおいて、多くの機器の検査基準や必要知識を体系的に考える学問を、「システム保全学」と命名しています。

 圧力容器を例にとれば、経済性だけを考えると、少し不純物を含んでよいなら安くなります。しかし、少量の銅の不純物が含まれた鉄に、何年かの間中性子がある量照射されると、銅が2~3nmくらいの微小集合体を作り、それがたくさんできると鉄が脆化(ぜいか)することがわかりました。マンガンとシリコンも集合体の形成に影響を与えます。この様な原子レベルのメカニズムを基に、どれだけ中性子を浴びたら材料が脆くなり、破壊の確率が高くなるか、理論的な予測式をつきつめていく研究が進んでいます。

先生自身、また、原子力国際専攻が3.11以後に原発関連の問題に対してどう取り組んできたのか教えてください。


 まず、「安全」について改めて考え直す必要があります。総合工学としての原子力を研究してきた人間としては、事故の状況を把握し、その背後にある課題を整理し、解決策を含めてとりまとめ、発信する役割・責任があると考えています。また、システムの安全が損なわれたときどの程度安全でないかも伝える必要があります。システムの安全は一番弱い部分からほころびが出ます。社会システムを含めて、脆弱性を見出して改善する仕組みの徹底が必要です。深く研究をするだけでなく、補強すべきところを見つけ出す研究が必要であると考え、強い反省を持って、大学院教育プログラムの改革を進めてきました。

 2番目は国際的な視点です。海外の研究者や技術者は、異なる視点で複雑なシステムとその安全性を研究し、設計しています。原子力国際専攻では幅広い基礎的知見を蓄えるとともに、基礎的なコミュニケーション能力や、異なる文化的基盤を持つ方々とのディスカッションの仕方などを身に付けてほしいと考えています。そのために、学生さんに国際機関での研修など多くの勉強の機会を用意しています。

 3番目に、科学技術的な基盤を固めるとともに人文社会科学を専門とする方々と協力関係を作ってゆく必要があります。この点でも国際的な議論ができることを目的として、原子力国際専攻の大学院講義を全て英語で行っています。

今後、原子力はどのようになっていくのでしょうか。


 1番目の課題は、現存の原子炉をライフサイクルの観点から考えることです。これからはより安全な設計や運転管理と廃炉措置に関するハードウェアの観点に加えて、人間と社会に影響を及ぼす放射性廃棄物に関する環境科学技術にも取り組んでいかなければなりません。

 2番目の課題として、ウランという地球から与えられた貴重な資源を、今活用すべきか、技術が本当に成熟した時点で使うべきか、しっかりと議論することが重要だと思います。その上で、基礎的な研究や人材育成を進め、国際社会に貢献していくことが必要だと考えています。

最後に読者へのメッセージをお願いします。


 原子力に限らず工学が直面する課題を正視し、客観的に原因を究明し解決すべき課題を整理するために必要な見識は、純粋に科学技術に立脚した中立なものであるべきです。短期的には現在できることを協力して進め、中期的には今ある技術をうまく組み合わせてより良いシステムを創っていく、そして長期的には、今実現できない科学技術へのビジョン・夢を提示してブレイクスルーに繋げていただければと思います。

 科学技術と社会の関わりを一層密にする必要があると思っています。これらに興味を持っていらっしゃる方は、是非東大工学部で学んでいただきたいと考えています。


関村研究室のHP

(インタビュアー 大原 寛司)


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