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〒277-8562千葉県柏市柏の葉5-1-5 新領域 生命棟601
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻

研究紹介

1. 分裂遺伝子:真核微細藻類の細胞とオルガネラの分裂

今日見るような極めて複雑な体制の生物は、真核細胞が出現して初めて可能になったと考えられます。真核細胞が原核生物の細胞内共生を経て成立したのは周知のことです。原核生物は、ミトコンドリアや葉緑体になる過程で、宿主の核による厳格な分裂制御下におかれるようになります。オルガネラゲノムには分裂遺伝子は残されていませんが、FtsZと少数の原核型分裂遺伝子だけは宿主(核)ゲノムに転移していまだに保存されています。FtsZは葉緑体の分裂面でリングを構築します。灰色藻(Cyanophora paradoxa)の葉緑体には原核生物の名残りの細胞壁があることから、極めて原始的な葉緑体(シアネレ)とされ、葉緑体分裂の進化を考える上でキーストーンとなります。灰色藻に微細緑藻(Nannochloris bacillaris)や二次共生藻類(Chaetoceros sp.)を加え、真核細胞に今も残されている原核型分裂遺伝子の役割を明らかにしようと考えています。

  1. ミッシングリンクと生きた化石
  2. 真核生物の系統
  3. Cyanophora paradoxa とは何か?
  4. 葉緑体進化とペプチドグリカン層
  5. FtsZアークの発見:抗 FtsZ 抗体による間接免疫蛍光染色
  6. FtsZアークの発見:初期の分裂溝形成とアーク
  7. シゾンとシアネレ:葉緑体分裂面の表層ダイナミクス
  8. 葉緑体分裂装置の進化
  9. ご清聴ありがとうございました・・・

1-1. ミッシングリンクと生きた化石

写真は雑誌などでよく見る始祖鳥(ベルリン標本、1877年)とシーラカンス(日本進化学会ニュースの表紙)です。魚類や鳥類の進化研究において、始祖鳥の発見もシーラカンスの発見もその衝撃は極めて大きかっただろうと想像されます。前者は恐竜と鳥類を結ぶミッシングリンクであり、後者は白亜期末に恐竜とともに絶滅したと思われていた古代魚だからです。

葉緑体の進化研究においても、始祖鳥的なミッシングリンクであり、シーラカンス的な生きた化石のような生物がいます。それが私たちが研究している灰色藻のCyanophora paradoxaです。

1-2. 真核生物の系統

Bhattacharya and Weber (1997) の系統樹は1)、アクチン遺伝子1つで真核生物全体を描いているので、少々無理をしているようなところもありますが、真核生物全体を見渡すのには打って付けです。この系統樹では植物の根元は灰色藻(Cyanophora paradoxa)になっています。葉緑体は細胞内共生により誕生しその起源はシアノバクテリアだと考えられているので、C. paradoxaは最初にシアノバクテリアが細胞内共生した真核生物に極めて近いと考えられます。

参考文献

  1. Bhattacharya, D., and Weber, K.:The actin gene of the glaucocystophyte Cyanophora paradoxa: analysis of the coding region and introns and an actin phylogeny of eukaryotes. Curr. Genet. 31:439–446 (1997).

1-3. Cyanophora paradoxa とは何か?

1924年、Korschkoffは、シアノバクテリアによく似た葉緑体をもつ鞭毛藻を発見し、Cyanophora paradoxaと名づけました。1929年、Pascher は、この葉緑体を共生したシアノバクテリアそのものだと考え、特別にシアネレ(cyanelle)と呼ぶことを提案しました。後に、シアネレはゲノムサイズが、シアノバクテリアの20分の1以下であることが明らかになり (Herdman 1977、Stirewalt et al. 1995)、今では完全な葉緑体と考えられてます。

属名のCyanophoraはギリシャ語の kyanos(藍色)と pherein(持つ)から名付けられています。因みに、小種名pradoxa の para は「並んだ」、dox は「意見」のことで、合わせて逆説を意味します。属名と合わせると、藍色のシアノバクテリアをもつ逆説的な生き物ということになります。

1-4. 葉緑体進化とペプチドグリカン層

Cyanophora paradoxaを含む、灰色植物門の藻類の葉緑体は、葉緑体二重包膜の間にペプチドグリカン層をもっています。シアノバクテリアにあるペプチドグリカン層は、他の植物の葉緑体では既に失われております。ペプチドグリカン層をもったシアネレはシアノバクテリアと葉緑体のミッシングリンクであり、C. paradoxaは生きた化石のような藻類だということになります。

大腸菌やシアノバクテリアといった原核生物の分裂では、最初にFtsZが分裂面に足場となるリングを形成し、続いてペプチドグリカン合成に関わる分裂装置のタンパク質複合体がリクルートされます。C. paradoxa にもペプチドグリカン合成酵素 (Penicillin binding protein: PBP)があると考えられるので、PBPの活性を阻害するb-ラクタム系の抗生物質であるアンピシリンを用いて阻害剤実験をすると、高濃度ではシアネレが破裂してしまうが、4mM以下だとシアネレは成長が阻害され分裂できないことが分かっています。1) また、ペプチドグリカン合成阻害条件下ではFtsZの収縮と分離が阻害されることから、FtsZの収縮と分離はペプチドグリカン隔壁形成にともなって起こることが分かりました。2)

参考文献

  1. Sato, M., Nishikawa, T., Kajitani, H. and Kawano, S.: Conserved relationship between FtsZ and peptidoglycan in the cyanelles of Cyanophora paradoxa similar to that in bacterial cell division. Planta, 227, 177-187 (2007).
  2. Sato, M., Mogi, Y., Nishikawa, T., Miyamura, S., Nagumo, T. and Kawano, S.: The dynamic surface of dividing cyanelles and ultrastructure of the region directly below the surface in Cyanophora paradoxa. Planta 229, 781-791 (2009).

1-5. FtsZアークの発見:抗 FtsZ 抗体による間接免疫蛍光染色

葉緑体の二重の包膜の間にペプチドグリカン層が維持されているシアネレでは,他系統の葉緑体分裂に比べ,原核生物型の分裂装置の機能が重要になります。そこで、シアネレと他の葉緑体とのFtsZの局在を比較するため、抗FtsZ抗体を用いてシアネレを間接蛍光抗体染色しました。FtsZは始め分裂面の片側にアークとして現われ、アークの両端が伸びてFtsZリングとなり、リングは分離して娘シアネレに分配されることがわかりました。1)

シアネレの分裂過程は4つのフェーズに分けられます。シアネレの片側がくびれた腎臓型(フェーズI)、くびれが分裂面全周に広がったダンベル型(フェーズII)を経て、分裂面の隔壁形成が完了し(フェーズIII)、分裂する(フェーズ IV)です。FtsZは分裂面でリングを形成し、FtsZリングは分裂が進むにつれてて収縮します(フェーズIIa-IIIa)。分裂初期にはFtsZは分裂面片側に弧を描くようにアーク状に局在します(フェーズI)。FtsZアークが見られるシアネレは、分裂面の片側のみがくびれていて、くびれの位置とFtsZの局在は一致していました。分裂の最後には、FtsZリングは分裂面に対して平行に2つに分離します(フェーズIIIb)。これら2つの特徴は、シアネレが分裂時にペプチドグリカン隔壁を形成することに起因していると考えられ、他の葉緑体には見られないシアネレ独自の特徴です。

参考文献

  1. Sato, M., Nishikawa, T., Yamazaki, T. and Kawano, S.: Isolation of the plastid FtsZ gene from Cyanophora paradoxa (Glaucocystophyceae, Glaucocystophyta). Phycol. Res. 53, 93-96 (2005).

1-6. FtsZアークの発見:初期の分裂溝形成とアーク

系統的に見ると、原始紅色とそこから進化した緑色植物では、葉緑体外包膜の外側にある分裂リングが葉緑体分裂の原動力であると考えられています。シアネレにおいても、葉緑体を外側から絞り込むような分裂装置が存在するのかを調べるため、Cyanophora paradoxaの細胞の中からシアネレを単離し、フィールドエミッション型走査型電子顕微鏡(FE- SEM)で、シアネレ表面の微細構造を観察しました。

シアネレ包膜の陥入は表層の一箇所から始まり、深い溝をもつハート形になってから分裂しますが、くびれが始まった表層には何も観察されません。分裂面の最初のくびれの位置と長さとはFtsZアークの位置と長さに一致しています。シアネレの包膜陥入には、外側の分裂リングではなく、FtsZリングを含むシアネレ内部の分裂装置(シアネレリング)が関与していると考えられます。バクテリア型の分裂では、その初期のFtsZのアーク形成は重要さはよく認識されていており、シアネレのFtsZアークはバクテリア分裂に関する総説などでも詳しく取り扱われています。1)

参考文献

  1. Erickson, H.P., Anderson, D.E. and Osawa, M: Cytokinesis: FtsZ in bacterial cytokinesis: Cytoskeleton and force generator all in one. Microbial. Molec. Biol. 74, 504–528.

1-7. シゾンとシアネレ:葉緑体分裂面の表層ダイナミクス

葉緑体分裂面の表層ダイナミクスは原始紅藻シゾン(Cyanidioschyzon merolae)に代表される葉緑体と灰色藻シアノフォラ(Cyanophora paradoxa)のシアネレでは全く異なります。1) 無傷で単離した葉緑体とシアネレの表層をフィールドエミッション型走査型電子顕微鏡(FE- SEM)で観察すると一目瞭然です。ただ、シアネレ表層が観察できるようになったのは、シゾンの葉緑体分裂リングがFE- SEMで最初に観察されてから10年目のことでした。

葉緑体とシアネレの大きな違いは、勿論、外側の分裂リングがあるかないかです。ただ、興味深いのは、葉緑体に比べ、シアネレの分裂面は鋭い角度で陥入していて、これはバクテリアの分裂面に類似しています。こうした面からもシアネレはシアノバクテリアと葉緑体のミッシングリンクであるといえるでしょう。

参考文献

  1. Miyagishima, S., Itoh, R., Aita, S., Kuroiwa, H. and Kuroiwa, T.: Isolationof dividing chloroplasts with intact plastid-dividing rings from a synchronous culture of the unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae. Planta 209, 371–375 (1999).

1-8. 葉緑体分裂装置の進化

シアノバクテリア、シアネレ、葉緑体の分裂装置を模式的示しました。細胞内共生体だったシアノバクテリアが葉緑体に進化するに当たって、その分裂装置がどのように変わったかを明らかにすることでオルガネラ分裂の本質が見えてくるように思います。

バクテリアの分裂リングはFtsZを含め通常の電顕では観察できませんが、シアネレになると内側のリング(シアネレリング)が観察できるようになります。そして、ペプチドグリカン層が消失するとともに、外側の分裂リングが形成されるようになります。1)

外側の分裂リングに関しては、立教大学の黒岩先生のグループの活躍で最近著しい進捗があり、その本体はグルコースで構成された新規の糖(ポリグルカン)でできており、それを作り出しているのがグルコシルトランスフェレースの遺伝子〔KUSANGI(草薙)、PDR1, glycosyltransferase protein plastid-dividing ring 〕だということが分かりました。この遺伝子は、葉緑体が作り出すグルコースをごく細いナノ繊維につなぎ合わせるはたらきをして、葉緑体の外側に葉緑体をくびり切るリングをつくっていると考えられています。2)

ペプチドグリカン層の消失と外側の分裂リングの出現、どちらも多糖グルカン鎖であることに少なからぬ因縁を感じるのは私だけでしょうか・・・

参考文献

  1. Iino, M. and Hashimoto, H.: Intermediate features of cyanelle division of Cyanophora paradoxa (Glaucocystophyta) between cyanobacterialand plastid division. J Phycol 39:561–569 (2003).
  2. Yoshida, Y., Kuroiwa, H., Misumi, O., Yoshida, M., Ohnuma, M., Fujiwara, T., Yagisawa, F., Hirooka, S., Imoto, Y., Matsushita, K., Kawano, S. and Kuroiwa, T.: Chloroplasts divide by contraction of a bundle of nanofilaments consisting of polyglucan. Science329, 949-953 (2010).

1-9. ご清聴ありがとうございました・・・

シアネレ分裂はコーラの缶がヒントになるかも知れません。柔らかく可塑性に富む脂質二重膜のだけの葉緑体包膜とペプチドグリカン層をもつシアネレ包膜では「硬さ」あるいは「こわばり」に違いがあって、シアネレ包膜は外側からの力がなくても「くびれ」が維持できるのかも知れません。

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