駒場1キャンパスの2号館と14号館の間,坂下門から構内に入りホッケー場(第2グラウンド)の階段を上がったすぐ左手に1本の小さな木がある.背丈はおおよそ5メートルほど.すぐ近くにはソメイヨシノの巨木が列をなしている.入学手続きのために駒場キャンパスにやってくる新入生3000名が真っ先にみるのは,人混みとこのソメイヨシノ.こんな小さな木がこぢんまりと植わっていることすら気が付かない人もいることだろう.
この木には変わった特徴がある.毎年決まって2次試験の頃,すなわち2月25日頃に花を咲かせるのだ.周辺をソメイヨシノに囲まれている環境だからだろうか,私はこの木を早咲きの「桜」と勘違いしていた.「この桜を予備校に売ったら高値で売れるかもね」という冗談を飛ばしていたくらいである.
さて,この「桜」,桜ではないとX(twitter)からご指摘をいただいた.今まできちんと考えたこともなかったが,なるほどこの花は桜の特色である花びらに切り込みがない,またGoogleレンズを用いた検索でも「梅」「あんず」と表示され,少なくとも桜ではないと示される.
構内の植生環境にお詳しい先生にお尋ねすると,この木は「梅」とのこと.毎年5月ごろに実をつけて梅酒にしたこともあるそうだ.熟しても青いままだという.さらに大学の施設に問い合わせたところ,学内の植栽調査の結果と照らし合わせると,この木は「梅」だという.以上の状況証拠から,この木は「梅」であることは疑いない.
駒場1キャンパスにはこの木以外にもたくさんの梅の木がある.構内の南東側にある門は「梅林門」その名の通り,門の近くには数十本の梅の木があり,1月中ごろ,共通テストが過ぎたころになると,ぽつぽつと花を咲かせ,春の到来を予感させてくれる「普通の梅」林がある.
さて,私がこの梅を桜と勘違いした最大の要因は,この梅だけ周辺の梅と比べて一か月以上遅れて花を咲かすことだ.私の記憶がある限り10年以上前から「遅咲き」である.
いくら研究環境の整う大学とはいえ,生物系の教員に「DNAで品種を調べてください」という無茶振りをしてはいけないくらい愚鈍な私でも理解している.まずは枝ぶりの特徴を写真に収め,図鑑と照らし合わせてみた.
見た目では,養老梅(ようろうめ)ではなかろうか.
遅咲きであること,結実した実は青いままであることも合致する.が,素人の判断であり決定的な証拠には欠ける.そもそも,なぜここにだけ遅咲きの梅を植えたのかという疑問も残る.平成9年の学内植生調査にはこの梅の掲載があることから,植栽から30年近く経過していることになる.流石に当時を知る人はいない.
この理由を解き明かすヒントが「青梅」にあるかもしれない,と先述の構内にお詳しい先生に伺った.東京の西に位置する青梅市はその名の通り「青い梅」に由来があり,平将門の逸話に遡る.
青梅市のウェブサイトにはこうある.
青梅市の名前の由来には、平将門がかかわっています。平将門が、青梅の金剛寺あたりを訪れた際に、馬の鞭に使用していた梅の枝を自ら地面に挿し、「願いがかなうなら咲き誇れ、叶わないなら枯れよ」といったところ、梅の枝が根付きました。ところが、この木の梅は青いまま熟さず、枝に残ったまま落ちることがありませんでした。これを見た人々が不思議に思い、この地を青梅と呼ぶようになったと伝えられています。
引用 青梅市のプロフィールhttps://www.city.ome.tokyo.jp/soshiki/2/252.html
もしかすると,このことに造詣のある2号館/14号館在籍の方の指南でこの梅が植栽された可能性はなかろうか.結論は得られていないが引き続き調べてみたい.