厚生労働省は、流通食品中の放射性セシウムの濃度を定期的にウェブサイトで公開しています(こちらです)。そのほとんどが、国が定める基準値(放射性セシウムとして食材1キログラムあたり100ベクレル)を大きく下回っています。
測定した数値が1ベクレル(1キログラム当たり、以下同様)と表記されているなら、基準値(100ベクレル)以下であることが分かりますし、具体的な数値は分からないけれども少なくともこの数値よりは低いという公表のされ方(検出限界以下といいます)であっても、検出限界値が100よりも大幅に下回っているなら基準値以下と判定できることは明らかです。
しかしだからといって、基準値以下なのだから公表方法など適当でいい、とはなりません。ましてや食の安全を管轄し、その安全性をアピールする国の機関がそのような姿勢では困ります。ここでは、その話を極力専門用語を使わずにまとめてみたいと思います。
自分の測定値と比較・検討するために冒頭に挙げたデータベースを眺めていました。すると、「あれ?これちょっとおかしいぞ」というデータがあちこちで見つかります。
たとえば、2014年の岩手県奥州市産と岩泉町産の鶏卵。この鶏卵、厚労省のデータベースには「17ベクレル(奥州市産)」「15ベクレル(岩泉町産)」と表記されています。鶏卵は当時、日本全国で2,649件の測定例がありましたが、これら鶏卵以外はすべて「検出限界以下」とされているのに、この中で唯一、奥州市と岩泉町の鶏卵だけが17ベクレル、15ベクレル検出されたと具体的な数値が示されていたのです。
鶏卵は放射性セシウムが含まれにくい食材として良く知られていていましたから、きちんと調べる必要があると感じました。
赤丸の2点が誤表記。残りの2647件の測定はすべて検出限界以下。
卵に17ベクレル、これはニワトリに食べさせていた餌が汚染の原因かもしれない。(もし仮にそうであった場合、同じ餌で育てた鶏肉には基準値超過レベルの汚染が発生するはず)。しかし、これらは「明らかに誤記載」であることが数値を見てすぐに分かりました。理由は極めて単純です。厚労省のデータベースの場合、きちんと数値が確認された場合には、例として「10ベクレル」と表記しますが、検出限界が10ベクレルで、検出限界以下であるならば不等号を付けて「<10ベクレル」と記載しています。
検出限界値の特徴から、これは単純に不等号の記載が抜けていただけで、本当は検出限界以下であったと確信をもって推定しました。
実はこのような記載ミス自体はよくある話です。全国の保健所から届いた連絡を転記したときに書き忘れた、のようにちょっとしたミスで伝わらなかったなど、取り扱う数が多くなればなるほどこういった単純ミスは起こります。ですから、誤表記は誉められたことではありませんが、誤りに気が付いたならその表記を直せばよいだけの話です。私もさっそく厚労省に連絡して誤表記の修正依頼をお願いしました。
そう、ここまではよかったのです。厚労省は、記載の誤りを確認したうえで「修正データへの更新を急ぎます」との返答でした。よかったよかったと安堵したのですが、待てど暮らせど表記が変わらない。折しもこの当時は、東京オリンピックに向けて食の安全について様々なレポートが飛び交い、国内外から食への関心が高まっている時期でした。このようなときにわざわざ検出限界以下だったものを検出されていると誤表記のままでいる厚労省サイドの姿勢に疑問を感じました。その間にもSNS上では「xx産のxxにはセシウムが検出されている」というコメントが散見されるようになりました。国の機関がそう明示しているのだから情報を受け取った誰もが確からしい情報源と感じる方も多かったはずです。
修正すべき箇所はすでに明確にされていましたので、修正作業は極めて短い時間で終わるはずです。もちろん何度も何度も厚労省に修正を依頼しましたが、のらりくらりと躱され続けました。
このようなケースで被害をもっとも被るのは生産者です。安全・安心な食材を提供しようと多くの方が努力されているにもかかわらず、データを取りまとめている国が誤った放射能を掲載し続けて訂正しないことは、その影響力を想像できていないことに他なりません。
その後、メディアの方から厚労省に本件について問い合わせをしていただたところ、あっという間にすべてのデータが修正されました。お役所の本質が垣間見えたような気がする出来事でした。