株式会社 大塚商会様よりご支援いただき、帰還困難区域における家屋内の汚染調査を始めました。
2011年の福島第一原子力発電所事故によって、大量の放射性物質が環境中に拡散しました。特に原発に近い自治体では、放射性物質による汚染のため、避難を余儀なくされる方が現在でも数多くいらっしゃいます。2017年に福島復興再生特別措置法が改正され、帰還が困難とされる区域内であっても、除染やインフラの整備を行うことで避難の指示を解除できることになりました。しかし、道路や畑を除染しても、家屋の中の汚染について知られていることは限られています。本研究では、将来的な帰還を検討する上で、家屋内にどれほど放射性セシウムが混入してきたのか、これを時系列で解析する事を目的として研究を進めています。研究には浪江町(4地点)、大熊町内(1地点)にご自宅等がある方のご協力をいただいています。
測定の対象は放射性物質の中でも最も多く存在する放射性セシウム(137Cs, 134Cs)としました。陸上の放射性セシウムの多くが、土埃のような小さな土壌粒子に付着していて、ドアの開け閉めや換気扇などを通じて家屋内に侵入することがこれまでの調査で分かっています。これに時間軸を持たせる、つまり、日が経つにつれてどれほど埃が家屋の中に積もっていくのか、を明らかにする必要があります。しかしながら、帰還困難区域内では電気や水道を使うことも出来ませんから採取のための装置を動かすことは出来ません。(そもそも区域内に立ち入るだけでも厳しい制限があります)。そこで、私たちは、手間や費用ががかからず、誰でも放射性セシウムを捕まえる方法として、大きさの定まった布、雑巾を使うことにしました。家屋内の一部分を除染し、その場所に雑巾を並べ、立ち入りの度に1枚ずつ雑巾を回収し降り積もった放射性セシウムを測定していきます。こうすることで、専門の装置がなくても家の中に降り積もる放射性セシウムを時系列で測定する事ができると考えました。これを私たちは「ぞうきんプロジェクト」と呼んでいます。
これらの画像は、調査にご協力いただいた大熊町内の家屋に雑巾を設置したときの様子です。放射性セシウムを捕まえる雑巾を敷き詰め、立ち入りの度に雑巾を1枚ずつ回収し、布の上に降ってきた放射性セシウムを測定します。
画像にある家屋は福島第一原発から直線距離で5 kmにあり帰還困難区域内にあります。2007年に建てられた比較的新しい木造住宅で気密性が高い特徴があります。家屋の周辺の空間線量率はおおよそ2 μSv/h程度です。2018年8月から調査をはじめ、最初の46日間の観測によって、1日あたり、かつ、1 cm2あたり4.07E-5 Bqの放射性セシウムが新たに布に付着したことが分かりました。もう少し具体的に言えば、1円玉の面積に夏の間で新たに0.0059 Bqの放射性セシウムが雑巾に付着したことになります。この数値は屋外で観測した値と比較すると、おおむね1桁低い値です。つまり、家が外で舞う埃を1/10程度に抑えてくれる防護壁のような役割を果たしている事が分かりました。
次にもう一つ別のケースをご紹介します。それは浪江町にある住宅で、福島第一から直線距離で約11 km離れた場所にあります。調査の結果、この家屋内では、8月末から9月上旬にかけて放射性セシウムの降り積もる量がとても多い日が続き、1日あたり、かつ、1 cm2あたり、4.0E-4 Bqの放射性セシウムを観測しました。この値は、家屋の外で新たに降り積もる量とほとんど変わりがありません。一般的に、家の中の方が家の外よりも新たな汚染が小さくなることが多いのですが、この期間中は家が防護(防塵)の機能を果たしていないいないことになります。お話を伺う限りでは、この期間中、ご自宅のメンテナンスのために、ドアを開け閉めする機会が多かったことが分かりました。このことが高い汚染の原因の一因となったのでは、と思われます。
このように、家屋内の新たな汚染は原発からの距離や、家の外の汚染の指標(空間線量率)が主たる決定因子なのではなく、「家の気密度」「ドアの開け閉めといった外的要因」が効いてくることが分かりました[1]。避難指示の解除要件に、家屋内の汚染はほとんど想定されていません。そのため、本研究での成果が、避難指示の解除が検討されている地域の方にとって、非常に重要な情報になると考えています。
2019年夏現在、「ぞうきんプロジェクト」からより高度な調査を行うために、家屋内にポータブル電源を用意し、高効率でダストを収集し測定を続けています。
本測定のために、ご自宅にぞうきんを設置してくださった、大熊町、浪江町の皆様に心より御礼申し上げます。本研究の遂行に必要な経費をご支援いただいた株式会社 大塚商会の皆様に深く御礼申し上げます。
[1]このことは、2019年5月に開催された日本地球惑星科学連合 日本地球惑星科学連合2019年大会で発表いたしました。