研究内容 - 植物機能の解析

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    1. 微生物機能の解析
      1. 1:細菌由来芳香族化合物酸化酵素システムの解析
      2. 2:難分解性物質分解遺伝子群の分子遺伝学的研究
      3. 3:環境中での汚染物質分解能を制御するプラスミド機能の解明
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      1. 1:植物の病害抵抗性発現機構の解明
      2. 2:植物のテルペノイド生合成初期段階に関する研究

1:植物の病害抵抗性発現機構の解明

我々がモデル系として用いているイネにおいては、病原菌由来の成分であるエリシターが細胞膜に存在する受容体と結合することにより病原菌感染が認識されている。そして、それが引き金となって、ジャスモン酸などの二次シグナル、エリシター・ジャスモン酸応答性の転写因子等を介したシグナル伝達機構により抗菌性タンパク質の生成やファイトアレキシンと総称される抗菌性二次代謝産物の生産などの様々な防御応答が誘導されている(図1-1)

図1-1イネの病害抵抗性発現機構 (クリックすると拡大画像を表示します)

図1-1. Defense mechanisms against pathogens in rice cells.

我々は、上記のようなエリシターの伝達機構を解明し、その成果を環境保全型農業技術の開発(病害抵抗性誘導型農薬探索法の確立、病害耐性イネの作出など)に応用するため、以下のような研究を行っている。

(1)イネにおいては15種類の化合物がファイトアレキシンとして同定されているが、そのうちの14種類はジテルペン型化合物である。我々は、ジテルペン型ファイトアレキシン生合成に関与するジテルペン環化酵素遺伝子をすべて単離同定するとともに(山形大学との共同研究)、その上流、下流の生合成遺伝子についても解析を進め、その生合成経路の全容が明らかになりつつある(図1-2)

図1-2ファイトアレキシンの生合成経路 (クリックすると拡大画像を表示します)

図1-2. Biosynthetic pathways for diterpenoid phytoalexins in rice.

また、ファイトアレキシン生合成の制御機構についても解析を行っており、ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子が、bZIP型やWRKY型転写因子の制御下にあること、主要ファイトアレキシンであるモミラクトン類、ファイトカサン類の生合成遺伝子がクラスターを形成していることなどが示されている。

(2)キチンオリゴ糖などのエリシターを処理したイネの培養細胞から単離した、2種のエリシター応答性の WRKY型転写因子 (OsWRKY53、OsWRKY71) および1種のbHLH型転写因子RERJ1について解析を進め、OsWRKY53に関しては、当該遺伝子の過剰発現体を用いたマイクロアレイ解析、及びいもち病菌接種実験から、イネの病害抵抗性に関与する転写因子であることを明らかにした(図1-3)

図1-3OsWARKY53 (クリックすると拡大画像を表示します)

図1-3.Effects of overexpression of OsWRKY53 on resistance to M. grisea race 007 in rice plants. (a) Overexpression of OsWRKY53 in transgenic rice plants. Northern analysis was performed using total RNA (10μg) prepared from transgenic rice plants. Ethidium bromide staining of rRNA confirmed equal loading of total RNA in each lane. The numbers at the top of the gels indicate independent transgenic rice cells. VC, vector control. (b) Responses of leaf blades of 35S-OsWRKY53 transgenic rice plants to infection by the compatible M. grisea race 007. Lesions were observed 1 week after infection.

一方、OsWRKY71に関しても同様に、当該遺伝子の過剰発現体を用いたマイクロアレイ解析により、イネの病害抵抗性に関与する転写因子であることを明らかにした。また、RERJ1はイネ植物体においても、病害抵抗性発現に重要な役割を果たす植物ホルモンのジャスモン酸や、その生産誘導を促す傷害処理によって、鋭敏で一過的な発現を示した。現在、これらの転写因子を中心とした遺伝子ネットワークを解明することを目的として、当該転写因子の標的遺伝子群のスクリーニング、及び当該転写因子遺伝子の発現制御機構の解析を行っている。

(3)イネの防御応答に関わるジャスモン酸の機能の一つとして12-oxophytodienoic acid reductase 1 (OsOPR1)の発現誘導が挙げられる。OsOPR1はジャスモン酸生合成酵素の一つである可能性が考えられていたが、イネには少なくとも10種のホモログが存在し、OsOPR7と命名したパラログがジャスモン酸生合成に関与するOPRであることが実証された(図1-4)ことから、

図1-4分子系統樹 (クリックすると拡大画像を表示します)

図1-4.Phylogenetic relationship of OPRs between rice and other plants. The amino acid sequences deduced from OPR cDNA of rice (OsOPRs), tomato (SlOPRs), and Arabidopsis (AtOPRs) were compared using the program CLUSTALW. The phylogenetic tree was generated from the resulting alignment using the program TREEVIEW. Subgroup I and II type OPRs are indicated by shaded circles.

現在では、OsOPR1はストレス時に生成するα・β不飽和ケトン構造を有する毒性物質の解毒に関与する可能性が考えられている。なお、OsOPR1の発現制御には当該遺伝子のプロモーター解析に基づいてbZIP型転写因子の関与が示唆された。

2:植物のテルペノイド生合成初期段階に関する研究

植物は非常に多くの二次代謝産物を生産するが、その中でもテルペノイド化合物に分類される物質は、自然界に2万種以上存在することが知られている。上記テーマで述べたファイトアレキシンも、植物の病害抵抗性発現の際に誘導的に生産される炭素数20のジテルペノイド化合物の1つである。

ファイトアレキシン生成に至る生合成経路は、植物においては細胞質に存在するメバロン酸(MVA)経路とプラスチドに存在するメチルエリスリトールリン酸(MEP)経路の二つで構成されているが、ジテルペン型のファイトアレキシン合成においてはMEP経路が主要な経路であると予想されている。

我々は、イネが外界からのストレスに応じてファイトアレキシンを生合成する時には、MEP経路遺伝子群の誘導的な活性化が一斉に起こることを見いだした。MEP経路は、植物の生長生理に欠かせないジベレリン、アブシジン酸、サイトカイニンなどの植物ホルモンの生合成起源であることから、イネはこれらの重要な植物ホルモンの生合成に影響を及ぼすことなく、病害抵抗で活躍するファイトアレキシンを十分生産するために、MEP経路遺伝子の協調的な発現誘導を行なう機構を備えていると考えられる(図1-5)

図1-5MEP経路発現 (クリックすると拡大画像を表示します)

図1-5. Expression profiles of possible genes in the MEP pathway in cultured-cells. The total RNAs used for expression profiling were isolated from rice cells exposed to 1 ppm chitin elicitor for the indicated times. Values indicate relative mRNA levels normalized to the expression of the UBQ gene, and the maximal value in each experiment with different primers was arbitrarily set to 1.0. A, OsDXS3; B, OsDXR; C, OsCMS; D, OsCMK; E, OsMCS; F, OsHDS; G, OsHDR. The results are the average of at least three independent experiments; bars indicate the standard deviation of the mean.

さらに、最近我々は、ジテルペン型ファイトアレキシンの生産制御の鍵となる転写因子OsTGAP1を発見した。この転写因子は、イネ4番染色体上のモミラクトン生合成酵素遺伝子クラスターの発現制御を行うだけでなく、生合成上流のメチルエリスリトールリン酸経路の制御にも関与することから、ジテルペン型ファイトアレキシン生産のマスター制御因子であると考えられる。現在は、このOsTGAP1を起点とするイネのテルペノイド生合成関連遺伝子の詳細な転写制御機構について、分子レベルでの解明に向けた研究を進めている(図1-6)。

図1-6OsTGAP1によるファイトアレキシン生合成関連遺伝子の発現制御 

図1-6. OsTGAP1 functions as a key regulator of the coordinated transcription of genes involved in inductive diterpenoid phytoalexin production in rice, and mainly exerts an essential role on expression of the clustered genes for momilactone biosynthesis.