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手記

東原和成 ┃ 31st Annual meeting of association for chemoreception sciences ┃ 2009年4月22-26日

サラソタでの最後のAChemS

今年は、Sarasotaで開催される最後のAChemSである。来年から、タンパ空港に近い、St. Petersburgというところで開催される。St. Petersburgは日本からのアクセスがよりよいだけでなく、目の前がビーチで、近くにダリ美術館やMLBのタンパ球場があるなど、学会以外もいろいろ楽しめるところである。移る最大の理由は、会場であったHyatt Sarasotaが、現在のAChemS参加者数を収容できなくなったのためである。毎年Sarasotaなのでつまらないなぁと思っていたが、いざ移るとなると、さびしいものである。私は1999年にはじめて参加して以来、今年で11回目の参加となる。SARSで渡航が躊躇された年や、テロ規制が激しくなった年も含めて、欠かさず参加し、ポスター発表や口頭発表をしつづけてきた。最初の3年ほどはひとりで参加し、当時は、誰も知り合いがいないなか、仕事をポスター発表することによって、少しづつ自分の存在をアピールしていったのを思い出す。とても精神的にきつかった。でもそのきつかった思いはすでに良い思い出となっている。

その後、毎年、成長した学生達を連れてきた。発表前は、ホテルの部屋で英語発表の練習をして、そして、立派に発表したあとは、必ず、Sarasotaで一番美味しいといわれているオイスターバーにいって打ち上げをした。そのうち、AChemSで発表した先輩の話を後輩が聞いて、AChemSがみんなの目標となり、いい結果がでたらまずは国際学会で発表しようという私のポリシーが浸透していった。国際学会発表をして、自信をつけて、立派に卒業して羽ばたいていった。そして、いつのまにか、日本の東原研の存在が知られるようになった。そんな思い入れのあるSarasotaでのAChemSであるが、毎晩夜遅くまで飲んでは親交を深めるのに役立っていたボートハウスのバーが今年からなくなっていた。常連の参加者達は、口をそろえて言った。It is a good reason to leave Sarasota.みんなの心の中で、新しい場所に移る寂しさを癒すよい理由がみつかったようである。

今年は、私の研究室からは博士課程の白須さんのポスター発表一題のみである。私が国際学会に学生を発表させるとき、論文にだせるリッチなデータをもっているという成果だけでなく(もちろん競争なのでだしたくてもだせない成果もある)、その本人の成長度も考慮する。今年、その条件をきちんとクリアーしたのが白須さんである。化学的にも商業的にも興味深いムスク系の匂い物質が受容される機構を、末梢受容神経レベルから高次脳レベルまで、白須さんしかできない解剖技術で明らかにした成果である。英語の発表も上手にこなし、評判もよかったが、競争相手がいそうなのでうかうかしていられない。

私のほうは、Lisa StowersがオーガナイズしたGender effects on olfactory processingというシンポジウムで口頭発表した。現在投稿中のマウスESP1の鋤鼻受容体同定、副嗅球と高次脳の解析、そして最終的な性行動まですべて抑えた成果を20分で発表した。長い間ESP1をフェロモンと言うことができなかったのがようやく言える結果である。先月のキーストーンミーティングで発表した内容だが、まだ未発表なので初めて聞いたひとも多く、周りからなかなか良いフィードバックを受けた(キーストーンミーティングの手記は、某雑誌に掲載予定で、ウェブへのアップが規制されている状態である。売り上げに影響することはないと思うが、ルールなので、しばしお待ちを)。

さて、ミーティング全体であるが、まず、先月のキーストーンミーティングの影響で、molecularレベルで嗅覚研究をやっているひとたちがあまりきていなかった。しょうがないとはいえ、多少残念である。また、オバマ効果で特別予算がついて、そのグラントの締め切りとちょうど重なったことで、来ることを躊躇したひともいたようである。ブッシュ政権で研究費が低迷していた米国サイエンス分野であるので、うれしい悲鳴であろう。しかし、Gordon Shepherdなど嗅覚分野の大御所の何人かが来ていなかったので、少しづつ世代の交代があるのかなとも思わせる。私は、昨年のISOTからAChemSのプログラム委員を引き受けているし、4月からはChemical SensesのExecutive Editorをさせていただくことになったことなどを考えると、逆に言えば、もう私も若手ではなくなってきているのかもしれない。また、前述のボートハウスがなくなっていたのが影響して、夜が極めて静かであった。これまた残念である。

唯一私が心強いと思ったのは、今年も日本人の参加者が増えて、全体で40人くらいいたことである。4月に出張旅費が使えるようになったおかげと、この分野でのAChemSのレベルの高さが再認識されてきた結果と、そして、何よりも将来の日本の嗅味覚分野をしょってたつ若い世代が育ちつつあることを示すものでもある。それを後押しするように、今年は、International Flavors and Fragrances Awardを授与された東大農学部の阿部啓子先生の特別講演もあった(おめでとうございます)。嗅覚味覚研究の醍醐味は、moleculeからreceptor、そして、neuroscienceからbehaviorまで、領域横断的で、融合学問分野であるところである。そして、現象というアウトプットがはっきりしているので、学問を志す学生にもわかりやすいだけでなく、一般市民にも研究内容を伝えやすい。そして、社会的にも応用や実用につながる部分も多く、世の中のためになる基礎研究としての位置づけもある。応用生命科学的発想で味覚研究を推進している阿部先生が賞をもらったことは私としてもとても嬉しい。

さて、私たちの発表のあとで何人かから「お前の研究スタイルはいつもChemistryがきちんとしていて、ポリシーのしっかりしている嗅覚研究だな」といわれた。まさしく、自分が目指している研究であるので、嬉しい言葉である。アメリカという国は、表面的かもしれないが、このように他人の研究の評価をきちんとできる民族性があり、とてもencourageされてよい。情報も多く、研究者同士のつながりが強い国であり、そういう意味では、研究がやりやすいところなのかもしれないが、今回も「アメリカでやるつもりはないのか」と言われたが、やっぱり自分は日本でやろうと思う。いつも、「もしこれからアメリカにもどるのなら、13年前に日本の帰国のチョイスはとっていないよ。オレは日本から世界に日本のサイエンスを発信することに生きがいを感じているんだ」と答える。アメリカの人たちはその言葉に必ず納得してくれる。頑固すぎるのはよくないが、自分のポリシーを崩さず、自分の歩いている道を信じてがんばることが、サイエンスをやっていくうえで大事なことのひとつであると思っている。もっとも、一歩、仕事をはなれると、結構優柔不断で情けない私であるのだが(笑)

(2009年4月26日、レンタカーでタンパへもどる日のサラソタでの早朝)

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