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手記

本手記は、アロマリサーチ2009年5月号に感想記として掲載されているものと一部重複します。

東原和成 ┃ Keystone symposium: Chemical Senses: receptors and circuits ┃ 2009年3月15-19日

第二回の化学感覚のキーストーンミーティング

2009年3月半ば、2007年につぐ第二回の化学感覚(Chemical Senses)をテーマとしたKeystone meetingが開催された。今年も前回と同様、ロックフェラー大学のLeslie Vosshall博士とMax Planck InstituteのPeter Mombaerts博士の二人がオーガナイズした。開催場所は、カリフォルニア州Lake Tahoeのほとりのスキーリゾート地である。私はニューヨーク州立大学大学院生時代に、UC Davisに共同研究で一ヶ月ほど滞在したことがあるが、Lake TahoeはDavisから車で1時間ほどのところである。Lake TahoeにはReno空港から入るが、Reno空港はカジノ解禁のネバダ州なので、スロットマシーンが並んでいる。しかし、私は「生き物」がからむ麻雀や競馬などの賭け事の経験はあるが、パチンコやスロットマシーンなど「機械」に対して賭け事はしたことがないしあまり興味がない。

さて話がそれかけたが、Keystone meetingのルールとして、招待スピーカーはなるべくオーバーラップしないように決められているので、前回とメンバーがかなり違うかと思いきや、今回も参加者のほとんどがAxel & Buck familyに関係する研究者であった。しかし、その偏りに対して誰も文句がつけられないほど、未発表のホットなネタが多い、ハイレベルのミーティングとなった。化学感覚のなかでも、嗅覚に関する発表が多く味覚の発表が少なかったが、化学感覚分野の最先端の研究がすべて見渡せるような内容であった。今回の特徴としては、痛覚や温度感覚の話がまじっていたことである。参加者は前回の150人に対して、今回はさらに増えて175人。

前回のKeystone meetingでは、末梢のレセプターレベルの話がメインテーマであったので、今回は、高次脳神経回路ネットワークとされ、ショウジョウバエ、線虫、マウス、そしてヒトまで、幅広い生物を対象とした研究が紹介された。90年代は分子生物学が優勢であったが、2000年代に入り神経科学との融合、そして今回のミーティングでは今までMolecularの研究がどのようにして知覚や心理レベルまで結び付けられるか難しいところだったのが、その可能性が見えてくるような発表もあった。もうひとつの目玉として、今年はフェロモン発見50周年ということでフェロモンに関するワークショップが企画された。様々な生物におけるフェロモン作用機作についての最近の成果が続々と報告された。匂いやフェロモンなど「もの」レベルから受容体・神経回路を経て、「知覚」「行動」レベルまで結び付けられる学融合研究の時代にはいってきたということである。

今回発表された内容は、学会後にすでにいくつかがトップジャーナルに掲載されている。例えば、新規の鋤鼻化学感覚受容体については、学会後一ヶ月たった4月半ばにNatureに掲載された。線虫の酸素センサーの話もNatureにでた。魚の嗅覚神経回路の話もNature Neurosci.にでた。みんな未発表のネタを披露しているとはいえ、だいたい投稿中のものが多いということである。私もその例外ではない。私はフェロモンのセッションで講演をおこない、論文で発表済みのカイコ性フェロモン受容体の同定と機能解析の成果を話したあと、学会時は未公開であったが、先日Current Biologyに掲載された「桑の葉の匂いへのカイコの誘引行動」についての成果と、現在も投稿中の「マウスペプチド性フェロモンESP1の受容体、神経回路、行動」の2つの成果を報告した。ポスドクのはがさんが、後者の成果について、詳細なポスター発表をおこなった。日本からは、あとは東大理学部の坂野先生が嗅球への神経投射についての講演をおこなった。また坂野研の今井君がショートトーク口頭発表に選ばれた。坂野先生とともになんとか日本の嗅覚グループの存在をアピールできたと思う。また、留学してがんばっている日本人達のポスター発表も数多くあり、日本の若手が育っていることも感じられ、心強い限りであった。

本ミーティングの注目度も高いことは、Nature, Nature Neuroscience, Cell, Neuron, Current Biologyといったトップジャーナルの編集人がそろって来ていたことからも伺える。ただ、毎年開催されているAChemSやECROのことを考えると、今後、本ミーティングは微妙な位置づけになることは必至である。実際、予想どおり、Keystone meetingから1ヶ月後に開催されたAChemS2009には、キーストーンに参加した研究者はほとんど来ていなかった。奇しくも、私は現在、AChemSとECROの両方のプログラム委員をひきうけているが、古くから伝統的な嗅覚研究をおこなってきた研究者達の集いも盛り上げ、そしてJASTS(日本味と匂学会)がアジアの中心となって活躍するためにも、微力ながら協力できたらと思っている。

最後のバンケットのとき、P. Mombaerts, L. Vosshall, S. Firestein, L. Buck、坂野先生にまじって、次回のKeystone meetingの戦略の話し合いをした。Nature誌のSenior Editorも飛び入りで話し合いに参加した。次回は2011年に開催予定であるが、嗅覚受容体遺伝子発見20周年を祝うミーティングにするということで意見は一致している。冒頭で述べたように参加者の偏りはあるものの、最先端の嗅覚研究をひっぱっていっている人たちが一同に集まる学会であるので、本領域で何がいま本質的な問題なのかを把握するためには参加有益なミーティングであることは間違いない。そして、Keystone meeting でどれだけ新しいことをしゃべれるかは、そのグループのメンバーの質やPIの評価に直接結びつく。2011年のミーティングで、東原研から新しいネタを発表できるように、学生やポスドクのみんなとともにがんばっていきたい。
(平成21年5月8日GW明け)

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