年頭所感
┃ 令和7年元旦 ┃ 東原和成
令和7年新年にあたって
新年おめでとうございます。順調に歳をとっていっているせいか、またこうやって新年を迎えられたことに幸せを感じます。
歳をとったなぁということで、今年は、研究科長・農学部長を務めることになりました。東大農学部は、教授・准教授・助教で270名ほどの大所帯であるとともに、ミニ総合大学で、文系から理系まで、理系でも実験系からフィールド系まで、多種多様な専門家の集まりです。その良いところは、バラバラな考え方と価値観が合わさることによって相乗効果が期待できること、一方でまとまりにくいという難しさもあります。そんな農学部で長を務めるには、幅広い教養と心身ともに強靭な力が必要ですので、本当に務まるか不安と戦慄感でいるというのが正直な気持ちです。
教養というと、15年ほど前、NHK「ニッポンの教養」から出演依頼を受けたことを思い出しました。大学の先生と爆笑問題が掛け合いをやるのですが、台本はないということで、私の研究のテーマの一つであるフェロモンのことになると、どんな怪しい話になっていくか不安だったので、視聴者のことも考えて、お断りしました。その時、ディレクターの人から「残念ですが最後に一つ質問させてください、教養とはなんだと思いますか?」と聞かれました。私は、教養とは単なる知識ではなくて、知識を入れてあるタンスの引き出しからその時の状況に合わせて臨機応変に出せる力、と答えました。でも、今そう聞かれたら、単に引き出しから出すのではだめで、そこに自分なりのひねりを入れられる力と答えると思います。その場しのぎのものではなくて、本質を見極めて、その方向性にぶれずに、決断を下す、そういったタフさも教養の一部だと思います。そんな教養力を高めることに努力をしながら任務にあたろうと思っています。
連想ゲームのようになって恐縮ですが、「力」というと、国際卓越研究大学認定に向けて、東大も含めて多くの大学が動いていますが、その主目的が「研究力」の強化です。しかし、研究力を何で評価するかが曖昧です。一般的には(お役人的には)、トップジャーナル論文数、論文の引用回数、海外との共同研究論文数、などで評価しますが、これは明らかに世界ランキングを上げるための小手先なもので、これだけが研究力ではありません。SDGs, nature positive, one healthなど国際・地球レベルの課題に貢献する研究は、上記のような「数」にはなりませんが、大切な研究力の一つです。正しいロジックを構築できる人材を育成する教育システムの構築も研究力につながる貢献と言えると思います。政府の偏った意見に振り回されずに、各大学が社会貢献と人材育成のための基礎学術研究環境を死守して、足元固めをすることが、長い目で見て研究力の強化につながると思います。
「力」には目にみえる力と目に見えない力があると思います。アメリカ人は目にみえる力が好きです。野球もマッチョで力でホームランをかっ飛ばす選手が好きです(イチローが価値観を変えましたが)。大統領も圧倒的な権力をふるいますし、それをアメリカ国民は求めます。私は権力にひよるのが大っ嫌いで、研究の世界でも、マフィアに属していないと研究費も論文も通らないようなアメリカのやり方が嫌で、日本に帰国しました。日本人の美は、目に見えない力を大切にすることだと思っています。柔道も合気道も目に見えない力で大きな相手を崩したり間合いをとります。日本語のロジックの組み方も、バンと結論から強気でおさえていく英語ロジックとは違って、外堀から埋めて話を構築する戦略です。そんなボトムアップのソフトな力が、日本オリジナルな研究力の特徴につながっているのではと思います。
星の王子様が言いました、「大切なものは目に見えないんだよ」。でも、あまりにも目に見えないものばかりだと気づかないし、分かりません。言うべきことは言うことも大事です。農学は「数」としては目に見えない素晴らしい研究が多いので、それが評価されるように声を上げていこうと思っています。いずれにしても、「力」の使い方を間違えないように、日本人らしい価値観を大切に、日本独自の仕事をしたいものです。そんな気持ちで、今年は、研究と大学運営に取り組もうと思います。
研究室ともどもよろしくお願いします。
東原和成 1月5日