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年頭所感

┃ 平成29年元旦 ┃ 東原和成

平成29年新年にあたって

新年あけましておめでとうございます。

ここ数年、私は紅白歌合戦でその年の音楽動向を勉強する状況になっていますが、みなさん、今年の大竹しのぶさんの「愛の讃歌」を聴かれましたか? 歌というものは、ボブディランのように歌詞でメッセージを伝えるもの、美空ひばりさんのように震える音の旋律でひとの心を動かすもの、そして、歌い手のそのときの気持ちで伝えるものがあると思います。今年の彼女の歌は3つ目だったと思います。とても感動しました。大竹しのぶさんは、歌手ではありますが、魂が入った芝居をする大女優としてのほうがよく知られていますので、その歌唱力にはびっくりしました。私は、それまで優勢だった白組が、この迫力のある歌で一気に赤組に流れるのではないかと思っていましたが、そのとおりになりました。ひとに何かを伝えるということ、毎日何気なくやっていることですが、大切だなと再認識した瞬間です。

昨年は、研究成果を論文としてなかなかまとめることができず、少々焦った年でしたが、一方で、私たちの研究領域である「におい」や「嗅覚」は、社会では小さなブームで、メディアやイベントなどでたくさん取り上げられました。多くのテレビ番組は、電話やメールなど簡単な手段でにおいや嗅覚に関する質問をしてきますが、安易に答えると間違って伝わったり誤解を招くような内容になってしまうことが多いので、私はかなり慎重に対応をします。特に、においやフェロモン関連のネタはあぶなっかしいものが多いです。そのなかで、3つほど、内容がしっかりしていたので協力しました。

一つ目は、犬並みの嗅覚をもった主人公が、においで犯罪を解決していくという、ウクライナでヒットしたドラマ「スニッファー」のNHKリメイク。現場のセットアップも詳細なところまでこだわって作られ、脚本も日本オリジナルなアイデアが織り込まれて、視聴率は日本シリーズバッティングなどもあって伸びなかったものの、ドラマとしてはとても良いものに出来上がったと思います。私はにおいや嗅覚に関する部分のアイデア出しから始まって、脚本と演技の考証を担当しましたが、事実とフィクションの狭間で頭を悩ましました。科学者としては、科学的にあり得るラインを死守したいので、フィクションのドラマ作り側との攻めぎ合いになります。例えば、ヒトの嗅覚受容体遺伝子の数は、約800個、そのうち機能しているのは約400種類、残りは偽遺伝子、これが事実。なので、耳鼻科の医師役の井川遙さんの「華岡さん(役は阿部寛)の嗅覚受容体は、眠っているはずの約400個の遺伝子が機能しているとしか思えない」というセリフは、科学的には有り得ないが、まあ有り得るかもしれないフィクションぎりぎりのラインです。ただそのあとの阿部さんの「米国の機関では、私の嗅覚受容体の数は870個と言われました」というセリフは決して有り得ない、もしそうだとしたらヒトでなくなる。ただ、NHK側は、870という数を、華岡の「はなお(ha(8)-na(7)-o(0))」に掛けたい、という。ならば、私としてはそれが冗談にとられる状況ならよいと歩み寄り。その結果、そのセリフに井川さんは目が点になる、そして華岡の車のナンバープレートも870、というところに落としどころが作られました。確かに、真実ばっかりだとつまらない、でも完全にフィクションになってしまっては私の「嗅覚考証」の立場はない、ならば可能性的に真実になるうるところまでは良しとするというスタンスで考証しました。その結果、私のなかでも「におい」のポテンシャルをいろいろ考えることができました。感情のにおい、恋に落ちるにおい、これらは動物で得られている知見などを考慮すると、すべて有り得る話です。実際、私たちの研究室でも近い研究がおこなわれています。テレビなどの媒介を通して、私たち研究者は、自然の摂理、真実を伝える立場にいますが、一方で、ドラえもんの世界のように、科学の世界の夢を伝えることも大切なのだ、そしてそういった思考回路を私たち科学者も忘れてはいけないと改めて思えました。

二つ目は、科学番組のサイエンスゼロ。こちらはワインの香りが題材でした。私の研究室では、ワインの研究をしているわけでもなく、私自身もソムリエでもなんでもないのですが、食品の味わいには香りが重要だという視点で、ワインもひとつの食品として関連してきます。実際、日本のワインの生産者の方々とは、勉強会や香り分析などで、10年来のお付き合いをさせていただいています。今回のサイエンスゼロでは、まずワインを味わう上での香りの重要性とそのしくみについて紹介され、後半では香りのポテンシャルということで野生酵母の可能性が取り上げられました。番組としては興味深い内容になったと思いますが、残念なことに、時間の制約があったため、香りのしくみについて十分に伝えることができなかったと思います。それは、現在作成中で、今春に発売される予定の、香りカード付きのワインの香りの本で詳しく伝えることができたらと思っております。

三つ目は、美味しいものを食べるのが好きな私にとって、とっても楽しい取材でした。3年前、金沢医科大学の先生に講義に呼ばれたときに連れていっていただいた寿司屋さんが、昨年ミシュランを獲得しました。「めくみ」という寿司屋なのですが、そのシェフの山口さんが、NHKが挑戦するナレーションなしのドキュメンタリー「ノーナレ」の第一回に取り上げられることになったのです。私が3年前に訪問したとき、山口さんと香り談議で盛り上がったのですが、それを覚えてくださっていて、私も出演というご縁をいただきました。山口さんの経験則から生まれる寿司は確かに美味しい。そして、寿司業界では異端な手法をとってはいるものの、科学的には理にかなっている。ただ、出演して単に「美味しい」だけでは、その素晴らしさは伝わらない。私のなかでももやもやとしていたところ、NHK担当者の大隅さんの、感動させる番組を作りたいという思い入れにも押され、山口さんの作る熟成ブリの香りと味分析をやることに。そして、科学的にも山口さんの熟成ブリの美味しさを裏付ける結果がでたのです。ただ、本当に、科学的データは説得力をもって人に伝えることができたのか。番組の後半にでたブリ職人は、山口さんが造り出す、雑味を削ぎ落とした美しい美味しさを理解できなかったようですが、私たちがだしたデータを見てどう思われたか、いつか聞いてみたいものです。料理の美味しさは映像だけではなかなか伝わらない。言葉をもっても難しい。科学はどこまでそこを表現して伝えることができるのでしょうか。

さて、昨年は、これらのテレビ出演や、高校や大学の同窓会などを通して、私自身も、ずっと前に登録はしていたけど、何年も一度も使っていなかったFBを使ったほうがよい状況になり、遅ればせながら細々と使いはじめました。そもそも、使ってなかった理由として、自分の個人的な友人関係をみんなが知ってしまうことに対する躊躇でした。自分はよくても相手にとって迷惑なときもあるかもしれません。また、FB上では、多くの人たちが、意見や情報の発信ではなくて、「今家をでました」とか「忙しい忙しい」といった、個人的な生活のなかのどうでもいい日記みたいなことを書いていて、それにうんざりしていたということもあります。ただ、FBが始まった当時に比べて、セキュリティーや共有範囲の設定などがきちんとできるようになり、また貴重な情報をシェアする場として健全に機能するようになったので、私としても使うことに抵抗が少なくなってきました。今後は、シェアしたほうがよい情報や、発信したほうがよい自分の意見などを伝えるために、活用していけたらいいなと思っております。

今年の新年のご挨拶は、「伝える」という言葉をキーワードに書いていたら、とりとめもなく長くなってしまいましたが、やはり、物事はきちんと書いたり話さないと伝わらないと思います。さて、研究室は、今年はERATOプロジェクト最終年度を迎えて、また一つの転換期になります。どんな社会も、電車やバスのようで、毎年新しいメンバーが乗ってきて、そして毎年誰かが降りて外に羽ばたいていく、それを見守る運転手として、今年もひとからひとへ、伝えるということの大切さを胸に、公私共々がんばっていきたいと思います。私のなかにも、今年は伝えたいものがたくさん生まれそうです。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

東原和成
平成29年元旦

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