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年頭所感

┃ 平成25年元旦 ┃ 東原和成

平成25年新年にあたって

新年あけましておめでとうございます。

今年は元日に、縁あって、フェラーリを運転させていただく機会がありました。スポーツカーというと、ランボルギーニ(カウンタック)、ポルシェ、フェラーリと挙がりますが、ポルシェは比較的一般人にも手が届く車、ランボルギーニはもともとトラクターの会社に対して、フェラーリは最初からF1などのレーシング用に製造されてきたという歴史から、マニアのなかでは、一番格が高く、評価と羨望の対象となっている車です。その加速と音と流線美は五感を震わせるものがあり、自然の摂理に従った流体力学とエンジン設計による最高傑作ともいえるものであります。

さて、アクセルを踏んだときの「加速」でふと思い出したことがあります。昨年、ノーベル化学賞をもらった、私のアメリカ時代のボスであるBob Lefkowitzから聞いた話です。Bobは赤いポルシェ911で毎日大学に来ており(90年代当時)、私も助手席でその素晴らしい加速を自慢されたひとりであります。あるときBobは、コレステロール関係でノーベル賞を受賞したBrown & Goldsteinを助手席にのせたときのことを話してくれました。独立性の高いアメリカという風土で、BrownとGoldsteinは二人三脚でラボを運営するというめずらしい体制で長年研究を進めてきています。Brownは直感的に物事を進めますが、Goldsteinは知見や情報をもとにロジックを組み立てるひとで、このような性格の違いが研究面で相乗効果をよんだと言われています。その二人ですが、Bobいわく、Brownはポルシェの加速にメロメロで感動しきりであったが、Goldsteinはサイエンスのことを話すのに夢中で、ポルシェがぎゅあーんと加速したあと、Bobがこの加速すごいだろ!と自慢をしたら、その加速にまったく気がつかず、真面目な顔をして、何の加速だ?と答えたという。

サイエンスにおけるスピードについて考えてみました。ネット社会になる前は、論文をだすのに、投稿してから査読が返ってくるまでに半年近く、そのあとリバイスなどをして最終的に論文として雑誌に陽の目を見るまで1-2年かかるのは普通でした。いまは、査読も10日でやらなくてはならない雑誌も多く、早ければ、電子版として1ヶ月以内にでてしまうこともあります。このように、スピードが上がったのはよいのですが、よく推敲しきれていないのか、質の低い論文が多く散見されます。昔は図書館に並ぶ雑誌しか見れなかったのが、今はどんな雑誌でもネットを通して見れるので、どんどん新しい雑誌もできて、そのため査読者不足できちんとしたピアレビューもできなくなり、よくこんな論文をだすなぁと思うような質の低い論文が増えてきています。また、昨今問題になっていますが、相変わらず、全く貢献をしていない人を著者にして、論文数を増やそうとするモラルの低い研究者も多くいます。この流れでは、ややもすると、サイエンスの本質を失いがちであるということだけでなく、一番心配なのは、次の若い世代のサイエンスに対する考え方が形骸化することです。スピード社会のなかでも、本来のサイエンスのあるべき姿を大切にし、サイエンティストとしての誇りは失いたくないものです

一方、学生さんの成長が加速するときは嬉しいものです。学生の成長は、二段階あると思っています。まずは、データをだせるようになるとき。よく学生さん達が誤解しているのは、データがでないのは、ただ単に実験がうまくいかないからと思っていることです。実際は、少なくとも実験技術に問題がなければ、実験がうまくいかないという結果も立派なデータであり、そこで、うまくいくような仮説と手法と計画をたてることが大切で、そのための文献調査とロジックが必要です。それに加えて、何とか解明しよう、解決しようという、努力と思い入れがあって、はじめてプロジェクトが進むのです。進みだした瞬間、学生たちは大きな成長を遂げます。その成長を加速させるのが、指導教員である私の役目です。次に、世界中の人たちに結果を報告するために、いかにして論文を構築するかを二人三脚でやるのです。そして、学会で成果を発表して、論文が陽の目を見た瞬間、学生さんの二度目の大きな成長があります。この二つの成長が達成されれば、私のところから卒業です。

人間というものは、どこかでスピードと加速にやみつきになっているのです。それを経験したものは、また同じ経験をしたいと思う。そのために、みんながんばっていく。そして、いい仕事がうまれる。その循環を適切におこない、そして、ひとりでなく、周りの人たちと一緒にやることによって、相乗効果がうまれる。それが合作あるいは共著というものであります。現在のポジションに異動して、柏キャンパスから引っ越して3年近くになります。一昨年と昨年は論文数が激減してしまいましたが、今年は、1月に論文がNature Chem. Biol.に掲載されるのを皮切りに、フェラーリの加速まではいかずとも、研究を大きく加速させたいものです。もちろん、丁寧に仕事をする気持ちは忘れないつもりです。

平成25年元旦

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