年頭所感
┃ 平成21年元旦 ┃ 東原和成
平成21年新年にあたって
新年明けましておめでとうございます。
まずは、私事で恐縮ですが、年末年始に感じたことをお話したいと思います。先月、高校の大同窓会に出席してきました。4年前に卒業20周年ということで久しぶりに集まって以来、4年ごとにオリンピックの年に開催することになっています。私の卒業した高校は良くも悪くも自由な校風が特徴で、みんなそれぞれ、いろいろな道に進んでおり、サラリーマン、弁護士、建築家、医者、大学人をはじめ、なかにはライブドア元専務とか都議会議員、アニメ界のカリスマなどめずらしい職業の人もいます。同期300人のうち100人ほどが集まりましたが、当時怖くて話せなかったアメフト部の同期と話してみると「東原の方がストイックで、気合が入っていて、怖くて話せなかった」などと言われ、笑い話や懐かしい話がつきませんでした。そんななか、今回の幹事代表(ボーイング機長)が最後に、「次回は、○○や××と会いたいよな。是非、みんなで見つけ出して同窓会につれてこよう!」と言って、「そうだそうだ!」と皆大賛同でした。○○や××というのは、当時不良中の不良で、マージャンやタバコはもちろん女遊びも半端ではなかったとんでもない連中なのですが、みんなそんなやつらと久しぶりに会いたいと思う、すなわち、一般的には道をはずれてしまったと思われるような連中もひとりの人間として尊重していて、きっと今は立派な人間になっていると信じているということなのです。10代は多感な時期でもあり価値観も形成される時期でもありますが、そんな時代に一緒に過ごした仲間達は、良くも悪くも「はずれた」人間を尊敬して良しとしている、そんな共通感覚を持っていることに気がつきました。私が日本帰国してから嗅覚研究をひとりで立ち上げてきた過程で、常に、なにか、他の研究者とは違う存在でいたい、自分の研究は自分しかできないことでありたい、そんな意識を持ち続けられたのは、とりもなおさず、中高の間に培われた自己のアイデンティティへのこだわりの表出なのではと思います。
さて、現在のポジションについてちょうど10年になりました。10年前、神戸から東京へ移り、片岡教授と分子認識化学分野を立ち上げました。最初の2年半は本郷に間借りをして、現在のラボスペースのちょうど五分の一ほどの空間でスタートしました。当時の研究室はいまとは比べ物にならないほど貧相な設備で、できることもとても限られていました。そんななか、本郷時代に私たちの研究室に来てくれた学生達は本当にがんばってくれました。私自身も研究室の伝統と雰囲気を作るために研究以外のところで一喜一憂しながら過ごしていたのを思い出します。そして、柏キャンパスの研究室の設計をおこない、ラボの引越し。もう引越しを経験した学生達は、みんな立派に成長して巣立って、国内外で活躍しています。ラボの立ち上げは5年かかりました。いい仕事が出始めたのもそのくらいからでした。今は、安定期に入っているといえるでしょうか。こう考えると、ひとつの中小企業ともいえる研究室は、立ち上げに5年、回して5年、熟成に5年と、15年くらい継続できるといいのではと思います。私は早い時期から研究グループをもてたことはとても感謝すべきことで、それを今後も活かしていきたいと思っています。年末に某有名先生からとても含蓄の深いメールをいただいたので、多少改変して勝手ながらご紹介したいと思います。「ボスとして研究室を移動する時は、植物の移植と同じで、木1本を移植しても、根付くのに相当な時間がかかる。土ごと移植しないと、いい木でも、なかなか育たない。たとえば、某先生が、京都で成功したのは、スタッフごと移植できたからです。もし、彼一人で行ったとしたら、あんなに早く、成果を出すことはできなかったでしょう。日本の大学のシステムは、そうしたことに配慮しないケースが多いのが問題だと思っています。それが、日本で研究者が移動しにくい一つの理由だと思います。」つまり、時間をかけて作り上げた「土」は、研究を進めるための大事な宝だということです。
さて、今年は、「育」という言葉を私のなかで大事な言葉としたいと思っています。昨年は、嗅覚教育ということで一般市民向け小中高生向けの企画を積極的に進めました。また、自分自身が美味しいものを飲み食いしたい食いしん坊ということもあるのですが、研究面での香りと食ということで、食育関係にも力をいれたいと思っています。そして、何よりも、大学教育、研究教育は、大学人として一番プライオリティーが高いものであります。それができる環境にずっといたいと思っていますが、逆にそれができる自分自身を育んで創っていかないといけないという思いもあります。そして、周りに仲間がたくさんいるということを感じつつ、自分のアイデンティティをもちながら自分を高めることができればいいなと思っています。
今年は現在のポジションでの10年という節目ですので、またこれからの10年の研究の方向性を模索したいと思っています。長く辛かった厄年(昨年が後厄でした)が晴れやかに明けたことに感謝しつつ、公私ともども原点にもどってがんばっていきたいと思っております。
今年も嗅覚グループの皆ともども、よろしくご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます。
東原和成 平成21年元旦