プロフィール

英語プロフィールへ

年頭所感

┃ 平成18年元旦 ┃ 東原和成

平成18年新年にあたって

新年あけましておめでとうございます。

実は、先月、広島出張のついでに、足を伸ばして竹原や尾道の街を散策してきました。趣味とまで言うにはおこがましいですが、私は、古い街並みを散策するのが好きです。竹原は早い時期から街並み保存がされた地域でもありますし、尾道は小津安二郎や大林宣彦らの監督の映画でも多く使われた叙情満点の町です。ふと思い立って、高校生のときに見た竹原と尾道がロケ地となっている大林監督の「時をかける少女」を見直してみました。恥ずかしながら原田知世ファンでした。すると、なんと、ラベンダーの香りというものがキーワードとなっています。ラベンダーの香りには魔力とも言える力があり、時空間を飛ぶことができるという設定です。確かに見てみるとそうだと思い出したのですが、すっかり忘れていました。多くのサイエンティストは、小さいときに昆虫少年だったとか、読書が大好きだったとか、さまざまな高尚な動機付けをもっているものですが、私の嗅覚研究の原点はもしかしたらこんな単純な恥ずかしいものであったのかもしれません。

さて、昨年は、Nature, Scienceと学術雑誌最高峰を制覇するなど研究面ではブレイクスルーしたので、今年は、その成果を膨らませていきたいと思っています。ホットに動き出しているプロジェクトは、6年ほど前に現在のポジションについたときに私についてくれた学生さん達がはじめたもので、私としてはとても思い入れのあるプロジェクトであります。とてもリスクの高いプロジェクトであったので、何年も成果がでないのにがんばってくれた学生さん達に感謝するとともに、逆に、やってくれた学生さん達にとっても、その辛い過程を経たことが、これからの研究生活のための力になると同時に、人生の宝にもなってくれるのではと期待しています。匂いのプロジェクトのほうも、順調に進んでおり、末梢から高次脳へ向けて一歩一歩嗅覚の仕組みが受容体レベルで明らかになろうとしています。基礎研究レベルで明らかになってきた匂いやフェロモンの仕組みを、今後、どのようにして社会還元していけるか、それを産学官連携で模索していく段階に入ってきました。帰国して嗅覚基礎研究を一から立ち上げて10年、農芸化学出身の血がすこしづつ騒ぎ出しています。

研究の過程にはおおまかにわけて二段階あると思います。まずは、現象をピンポイントで見極められるアッセイ系を手探りで立ち上げて、現象を司る分子(化学物質であったり遺伝子であったり)を揃えて目的の事象を科学的に実証していくステージ、そして、ある程度立ち上がったプロジェクトをさらに広げて押し進めて、やらなくてはいけないことやできることをやるステージがあると思います。プロジェクトに携わる学生さんやポスドクの人達は、たいていどちらかの状態の仕事につくわけですが、数年間やっている間に、結局のところどっちも経験することになります。ですから、最初に前者を経験するひとは、大腸菌の増殖カーブのように後半に成果と論文がでますが、最初に後者を経験するひとは、最初に論文がでますが、レセプターの結合アッセイのように飽和カーブにぶつかります。ですから、最初に成果がでてもでなくても、長い目で見れば、皆、同じ経験をするのです。もちろん、修士・博士と5年ほどの年月を通じないとだめなわけで、修士で就職する学生さん達は、このような研究の神髄をなかなか経験できないで現場をはなれることになるのです。

何を言いたいかというと、研究者になりたい、研究職で食っていきたいと志して大学院に来たからには、是非とも、修士・博士課程を通じて、できるところまでチャレンジして、研究の神髄、面白さを体験してほしいと思います。もっとも、不安にかられて就職という文字がちらつくと思いますが、現実は、企業でも研究職で上にあがっていくには対外的なことも考えると博士号が絶対的に必要になるだけでなく、今後、大学では論文博士がなくなっていくことも考慮すると、博士をとる価値は上昇すると思われます。企業側も博士号をもっている学生の採用を増やしています。まずは、ドクターをとってから、産業界で働くか、アカデミックに残るかの選択をするのも、これからの社会では必要な方向性であると思います。

もうひとつ、研究費を配る側の人達や、研究の内容を評価する人達に対してです。安易に結果が予想できるプロポーザルは確かにわかりやすくて、一見よいプロポーザルに見えますが、本来、ほんとうにブレークスルーとなる部分に関しては、なかなか予測がつかないので、プロポーザルで確固たるプランを提示することが難しいです。そうすると、ある程度業績があって確立した研究者や、理路整然と予測された結果が並んでいる、あたかももうすでにでた結果のようなことを書いているプロポーザルに予算配分や評価がいきがちです。私は、そのような状態では、本当にチャレンジングなテーマをやっている人達は、予算がとれなくて苦労すると思います。萌芽的研究といった研究費もありますが、現実の採択基準は、さほど他の研究費と変わらないと感じています。大腸菌のlag phaseにいるような段階の研究に予算を配分するようなシステムを導入することと、そのためには、そのような研究を評価できる鑑識眼をわれわれを含めた教員レベルの先生が養う必要があると思います。予算配分を行う文部科学省や厚生労働省、そして独立行政法人でも、そういう評価をできる人達を審査委員に配置する必要があると思いますし、もちろん、現在の日本の風潮であるミッション主義や実利主義のプロジェクトだけをサポートしていては、いずれ、ネタ切れになるのは目に見えています。基礎研究に応用研究の種が潜んでいるということを日本の官僚や有識者と言われている人達は忘れがちのようです。大腸菌のlag phase時に思いっきりサポートをして、研究費が切れたぐらいのときに増殖期に入る、そんな余裕のあるサポートの仕方を是非ともしてほしいと思います。

ゲノム情報をもとに、安易に網羅的解析をやることによって小手先で成果をだすようなアプローチがはやっている時代に、誰もがやろうと思っても工夫が必要でなかなかできないアッセイ系や技術を地道に立ち上げて、古典的、王道的な、現象を見極めたものとりや機能解析をすることは、とても重宝されるものであると信じていますし、長い目でみれば真の評価はそこにくると思います。

私の研究室でも、上記の二つの段階のプロジェクトがあり、皆、一喜一憂しながらがんばって推進してくれています。私は、どちらのステージのプロジェクトも、行く末を楽しみにしながら結果を聞いたりディスカッションをしたりしています。手を動かして実験ができる時間がなくなり、研究の楽しさが半減した一方で、このような二つの研究段階を同時に経験できるという点が、プロジェクトリーダーをやっている醍醐味であります。

われわれの研究は、内容的にも技術的にも領域横断的なので、分野の学閥がありがちな日本の学術集会にはなかなかフィットしないのが現状で、結果的には、われわれの成果はまず国外の学会で発表することになります。当然、評価はまず外国でできあがり、その結果、研究領域が明確でないと審査員になれない日本の研究費審査や論文審査制度には私は組み込まれず、国外の研究費申請書の審査を頼まれたり、国外雑誌の査読を多々引き受けるという、本末転倒的なことがおきています。私としては国内の雑用がないぶん楽させてもらっているのですが、本当にこのような状況でよいのかと案じる気持ちもあります。

新年にあたって、苦言みたいなものの羅列になってしまいましたが、逆に言えば、私自身への自己叱咤でもあります。Nature, Scienceに論文をだすと世の中が変わるという話は本当で、私自身もあたふたする場面が多くなりましたが、今年も、ひとつひとつの論文で手を抜かずに、良い論文、いい仕事と言われる成果をだして、それを社会に還元していきたいと宣誓すると同時に、常に自分自身の尻をたたいて、少しづつ背伸びをしながら、前に進んでいきたいと思っています。そして、何よりも、一緒にやってくれる学生さん達が立派に育って羽ばたいていくのを見たいし、学術系統樹にのっていないからこそ数少ない私をサポートしてくれる先生方とのつながりを大切に、今年も、全力投球します。ただ、全力とはいっても、今年の私は、男の前厄の年です。健康には注意して、学会などのついでに、ちょっとした街並み散策をして息抜きをしながら、30代最後の年を走り抜けたいと思っています。

若輩ですが、東原研究グループともども今年もよろしくお願いします。

平成18年元旦 東原和成

TOPページに戻る