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以下は、「食品機械装置」の巻頭の「語る」に寄稿したものです

「おいしさと遺伝子」

   料理のおいしさの決めては何ですか?と聞くと、多くのひとが味だと答える。実はそれは間違えで、重要なのは香りである。鼻をつまんで食べたらどんなにおいしい料理もまずい。料理を口にいれて咀嚼するうちに喉越しからふわっと上がってくる香りが「おいしい」のである。一方で、同じ香りでも「香料」というと印象が悪い。「無香料」というラベルをよく見るが、製品自体に香りが無いわけではない。「無香料=化学合成した香り物質を添加していない」という意味で使っているが、人工的に化学合成した香り物質も、天然の香りと同じ物質である。実際の添加量も微々たるものであるが、一般市民に香料は悪いものだと誤解を与える言葉である。おいしさに香りが重要である一方で、化学物質としての香りの悪いイメージも存在する。

 匂いには良い香りと悪臭がある。ただ、良いか悪いかの判断基準は個人個人によって違う。なぜひとによって匂いに対する価値が異なるのか。ひとつは、育ちや経験や学習の影響が大きい。脳の嗅覚神経回路的に匂いと記憶は強力にリンクしているからだ。また、同じひとでも体調によっても感じ方は異なる。生理状態やホルモン量変化が嗅覚に影響するからだ。そして、最近わかってきたことは、人間で400種類近くある嗅覚受容体遺伝子の塩基配列の個人差が大きく、その差が匂いに対する感受性や好みに影響しているということである。例えば、スミレの匂いであるβイオノンに関しては、その受容体の遺伝子の違いで感じやすいひととあまり感じないひとの群にわかれる。興味深いことに、感じやすいひとは食品にβイオノンが添加されると好ましく感じず、感じにくいひとは添加されたほうを好む。後天的に形成される好みだけでなく、先天的に遺伝子が匂いの好みや価値を決定してしまうこともあるということである。

 嗅覚のしくみに関しては近年かなりわかってきているが、まだまだ正確な知識と情報が一般市民に伝わっていない。また、化学物質ということで香りに対する誤解も存在する。しかし、香りを正しく有効に活用すれば食品のおいしさは増す。また、生活空間でもアロマの身体に対する効能も大きい。最近、ワインアロマセラピーという言葉も生まれ、気持ちに応じて適切なワインを選び、ワインの香りの力を感じるという粋な楽しみもある。経験や学習による価値判断だけでなく、生理状態や体調に柔軟に対応して、香りの効能の享受も試してみたらいかがだろう。そして、嗅覚受容体遺伝子の違いによる香りの好みの違いは、ひとそれぞれがおいしさに対して様々な反応をするのが当然であるということを示しており、逆にいえば、おいしさにもいろいろあるということで、それを語り合うことによって、食卓の空間がますます楽しく豊かになると同時に、われわれの感性も研ぎすまされていくのではないか。

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