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ノーベル賞解説

以下は、現代化学に掲載されたものです

東原和成 ┃ 現代化学 ┃ 2012年 №501

Gタンパク質と共役する膜受容体の構造と機能の解明:創薬の標的として

2012年のノーベル化学賞は、デューク大学のRobert J. Lefkowitz氏とスタンフォード大学のBrian K. Kobilka氏に授与された。KobilkaはLefkowitzの弟子にあたるので、師弟で同時受賞という、彼らにとっては感に堪えない話である。受賞理由は「Gタンパク質共役型受容体の研究」である。

 生物は常に外界からの信号を感知して適切な行動をとりながら生きている。外界信号として、光や音などの物理的シグナルや、匂いや味などの化学的シグナルがある。一方、生体内においても、細胞は、細胞外の環境を常にモニターして、適切な応答をする。例えば、驚いたときとかストレスを感じたとき、血中にアドレナリンというホルモンが分泌され、それを心臓の細胞が感知して、心拍数があがりドキドキする。このように、生物は、個体の外界あるいは細胞外の環境の変化を察知して、適切な反応や応答をすることによって、生命体を維持している。

 このような外界のシグナルを感知するタンパク質が細胞の表面にあるということを実証したのがLefkowitz博士である。つまり、細胞外の物質を「鍵」とすると、細胞膜にその鍵にぴったりの「鍵穴」があり、鍵が穴にはまると細胞内に情報が入力されるという概念である。Lefkowitz博士は、鍵を放射性同位体で標識して、細胞膜とまぜると、鍵が膜に特異的にひっつくことを示して、鍵穴があることを実証した。さらに、Lefkowitz博士に弟子入りをしたKobilka博士は、その鍵穴が、細胞膜を7回ヘビのようにグニャグニャと貫通しているタンパク質であることを見出した。そして、鍵穴にはまったという情報は、Gタンパク質を介して細胞内に送られることがわかり、Gタンパク質共役型受容体と命名された。

 LefkowitzとKobilkaらによって、鍵穴である受容体の遺伝子構造が最初に明らかにされたのは、アドレナリン受容体である。その後、ドーパミン、ヒスタミン、セロトニンなどのホルモンや神経伝達物質の鍵穴も、細胞膜に存在するGタンパク質共役型受容体であることがわかった。また、匂いや味物質を感知する受容体も同様であった。いままでに、ヒトのゲノム上には約1000種類のGタンパク質共役型受容体があることがわかっている。そして、これら受容体を活性化する物質や、ブロックする物質が開発され、それらが様々な疾患の薬として広く使われている。例えば、アドレナリン受容体を活性化する薬は気管支拡張剤として使われるし、逆にブロックする薬には、血圧降下作用がある。現在、市販されている薬のうち3割ほどがGタンパク質共役型受容体を標的として開発されている。そういう意味では、Gタンパク質共役型受容体の発見は、医学に多大なる貢献をしたといえる。

 さて、私は、1993年から2年半、Lefkowitz博士に師事し、デューク大学で研究をおこなった。その間、私が滞在していた1994年にGタンパク質の研究でノーベル賞がでてしまう。そのとき、Lefkowitz博士は、多少なりともがっかりしていたようだ。また、その10年後には、嗅覚受容体の発見でノーベル賞がでる(本誌、2004年12月号参照)。匂いの受容体は、Gタンパク質共役型受容体であり、受賞者のBuckとAxelは、Lefkowitzのアドレナリン受容体の発見がなければ匂いの受容体の発見はなかったとまで言及している。この時点でLefkowitzらの受賞の可能性はなくなったかと思えた。

 しかし、その可能性を復活させたのが、弟子のKobilka博士である。2011年にアドレナリン受容体のX線結晶構造解析に成功したのである。これが、最終的に今回の受賞に至らせた大きな成果である。ヘビのように7回膜を貫通しているという予測にすぎなかった構造が、原子レベルで全体像が明らかになった。生物が創り上げた、なんと美しい構造であろうか。今後、薬のデザインが加速することが期待される。このように、医薬への貢献を考えると、医学生理学賞に値するとも考えられるが、成果としては、Lefkowitz博士の生化学・薬理学の研究から、Kobilka博士の構造生物学にまたがる成果であるから、今回、化学賞の対象になったと思われる。

 さて、Gタンパク質共役受容体の分野の今後の展望はどこにあるのだろうか。前半で述べたように、Gタンパク質共役型受容体は、創薬の多くの標的となっている。すなわち、応用的な展望として、結晶構造が解明されたので、いままでトライ&エラー的にスクリーニングされてきた薬が、今後、合理的にデザインされることが可能になると期待される。二つ目は、基礎学術的な展望として、今まで難しかった膜タンパク質の構造解析がこれから一気に進むことが期待される。膜タンパク質は、外界の情報をキャッチするセンサーとして重要なものが多いので、細胞がいかにして環境に応答して適応して恒常性を維持するかの全貌が見えてくると思われる。

 ところで、Lefkowitz博士は、いつも楽しく、熱く語るひとである。いい結果を持っていくと、喜びを身体全体で表してくれて、エンカレッジしてくれる。夕方くらいにラボを徘徊して、なんかいい結果はでたか?とみんなに聞いて回る。そして、みんなを呼び集めてディスカッションする。彼は、常に、研究の方向性をロジックで決めていき、面白い研究を見極め、そして美しい説得力のある論文を書く。どこかでセミナーやレクチャーをするときは、ずいぶん前からひとりオフィスでスライドを見ながら発表練習をする。プレゼンテーションに手抜きはない。こういったたくさんのことを私は彼から学んだ。

 ノーベル化学賞が発表されて数十分後、日本のマスコミから私に電話が入り、Lefkowitz博士とKobilka博士が受賞したことを知った。そのとき、すぐにLefkowitz博士の歓喜する姿が目に浮かんだ。その後ウェブにアップされた、彼が受賞した朝に研究室にあらわれたときの写真は、そのとおりの姿であった。二度の心臓バイパス手術を乗り越え、200人にものぼる弟子を育て、少し遅かった感がある念願の受賞である。私自身はLefkowitz色から脱皮するために、日本に帰国した後、匂いやフェロモンを感知する嗅覚の研究をはじめた。嗅覚受容体もGタンパク質共役型受容体であるので、実は彼の研究の流れを十分に汲んではいるのだが、脱皮はある意味成功し、私の師匠あるいは恩師は誰なのか知らないひとが多かったが、今回のノーベル賞で、私の家柄がばれてしまったことになる。さらには、Kobilka博士は私にとって兄弟弟子にあたる。その家柄に恥じないような研究をしたいと、改めて科学者として背筋がぴんと伸びる気持ちである。

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