プロフィール

英語プロフィールへ

ノーベル賞解説

以下は、実験医学に掲載されたものです

東原和成 ┃実験医学┃ 2013年 Vol.30

膜受容体の存在の実証から結晶構造の解明まで-ノーベル賞解説-

<ノーベル賞への道>
 今年のノーベル化学賞は、「Gタンパク質共役型受容体の研究」でRobert J. LefkowitzとBrian K. Kobilkaの両氏が受賞した。私は1993年から2年半、ポスドクとしてLefkowitz博士(以降、Bob)に師事した。その間1994年に、Gタンパク質の発見でノーベル賞がでたとき、多少なりともがっかりしていたBobの姿を覚えている。逆にいえば、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)の発見はそれくらい重要なものであると誰もが思うし、彼自身も意識していたということである。しかし、2004年、同じGPCRのファミリーに属する嗅覚受容体の発見に対するノーベル賞で、ますますBobの受賞が遠ざかったと多くのひとが感じていた。そんななかで、Bobの愛弟子のBrianが、2011年にGPCRのひとつであるアドレナリン受容体のX線結晶構造解析に成功したことが、一気にチャンスを引き戻したと言えよう。GPCRは創薬の三割もの標的になっているという事実も、ノーベル賞の対象となった大きな理由である。医学生理学賞ではなくて化学賞になったのは、生化学・薬理学から構造生物学にまたがる成果だからであろう。

<Lefkowitz博士の業績>
 Bobはデューク大学で独立するまえから、膜受容体の研究をはじめている。そのころの彼の大きな業績は、放射性同位体標識されたホルモンを使って、細胞膜上に受容体があるということを示した研究であり、いまでこそ当たり前の事実であるが、生化学的な実証研究として評価された。その後、30歳のときデューク大学で独立し、Marc Caronなど素晴らしい共同研究者に恵まれて、膜受容体研究を推進する。転機は、Brianが弟子入りをした1980年頃である。アドレナリンが結合する受容体をコードする遺伝子を決定し、膜を7回貫通するタンパク質であることを発見する。光を感じるロドプシンも含まれる、いわゆるGPCRファミリーの発見である。その後の匂い、フェロモン、味の受容体の発見の基盤にもなった。そして、BobはGPCRの脱感作や情報伝達経路のメカニズムを次々に明らかにしていき、現在までに実に800報くらいの論文をだしている。これは、GPCRファミリーの数である1000に届く勢いであり、いつも引用数の多い研究者として上位にいる。

<師匠としてのLefkowitz博士の魅力>
 「自分は不器用で実験が下手だった」とBobは語るが、研究のセンスは抜群である。面白いか、つまらないかという判断はするどく、鼻がきく。私がすごい実験結果だと思って持っていっても、Bobがうーんとつまらなそうにすると、やっぱりあまり面白くない結果に終るときが多く、逆にBobが興奮するものは当たる確率が高い。私は2年半の短い期間であったが、研究を推進するうえでの見極めの仕方、論文を書く時のロジックの作り方など、多くのことを学び、影響を受けた。ディスカッションすることが好きで、いつも熱く語り、ラボのみんなをエンカレッジすることが上手で、まさに研究室のボスとしての最強のカリスマ性をもっている。私が日本に帰国する前日、日本でオリジナルな研究をするのを楽しみにしていると励ましてくれた。そのとき、Bobの口からLefkowitz研出身で優秀な研究者の筆頭としてBrianの名前がまっさきに挙がったのを今でも覚えている。そのBrianと同時受賞ということで、Bobとしては感極まりないではと察する。

<Lefkowitz博士が描く日本人像>
 Lefkowitz研のAlumniは200人近くにのぼり、その8割以上がポスドクであるが、日本人留学生は今までに10人にも満たない。彼はよくオフィスでネイティブでない私に英語をいろいろ教えてくれたが、あるときBobにとって日本人を一言で表すとしたらということで、「inscrutable」という言葉を教えてくれた。悪くいえば「不可解な」、良く言えば「神秘的な」という意味であるが、ディスカッション好きのBobにとっては、日本人は表情も堅いし、あまりしゃべらないのでよくわからないらしい。日本人にとってBobから学べることはたくさんあるので、このノーベル賞を機会に、日本人の皆さんがBobのところにもっともっと留学して、彼の日本人像を変えてほしいと思う。

<祝辞>
Bob自身がCardiology専門であることも因果で、私がLefkowitz研にいたとき、Bobは二度目の心臓バイパス手術を受けている。それから20年近く経つが、念願のノーベル賞をもらって、Bobはとても嬉しいに違いない。Bobは朝ラボに来てからラボをでるまでコーヒーを飲み続け、一切食べない。夕方、とても目立つ赤いポルシェに乗って家に帰ってからたくさん食べる。こんな食生活なので健康には気をつけて、そしていつもハイで熱いBobであるので心臓にも気をつけて、これからもこの領域をひっぱっていってほしいと切に願う。弟子のひとりとして、本当に心から祝福したい。

TOPページに戻る