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雑誌掲載

以下は、細胞工学に掲載されたものです

東原和成 ┃ 細胞工学 ┃ Vol.31

メディアを介した研究成果の発信

1.はじめに
 私が学生だったころ、大学での研究内容は、図書館にある論文雑誌でしか知ることができなかったが、この20年でどんな情報もネットを通じて共有できる時代になった。その流れのせいか、研究の意義も一般市民にわかりやすく説明し、成果もきちんと公開する義務も問われるようになった。つまり、研究者は、成果を自分達の自己満足で終わらせてはならず、世の中に役立てることを意識すること、また人類共通の知として活かすことが求められている。これはまさに、独立研究者であるPrinciple Investigator (PI)が持つべき自覚のひとつである。そこで、今回は、メディアを介して研究成果をどう発信していくか、その方法と、その際に参考になるかもしれない私の経験と考えかたを書いてみたい。

2.研究室ホームページ
 一番手っ取り早い成果の発信方法は、研究室のホームページ(HP)である。大学のHPは検索順位が高くなる傾向があるので、絶好の成果の発信場所となる。また、研究者本人が書くので、信頼性も高い。逆に言えば、責任をもって書くことが必要となる。私は、自分がコレスポで、研究室主導で行った成果を全てHPで説明している。また、HPは研究室の顔でもある。顔であるからこそ、私は学生にまかせたり、HPビルダーみたいなものを使わずに、拙い知識を使って(ページのソースを見ればバレバレであるが)、自分で作っている。そして、研究成果だけでなく、研究者としてのポリシーが入ったコラムなどもアップしている。そうすると、研究成果だけでなく、研究者としてのPIの横顔が見える。昨今、ブログやツイッターなどで発信している研究者は多いが、やっぱり研究成果に関する説明やコメントを聞きたいものだ。

3.大学のプレスリリース
 さて、研究室のHPで成果が発信されていても、キーワード検索をしたり、その研究者に興味をもっていない限り、なかなか見ることはない。そこで、もう少し広く世間に成果を発信する方法として、大学のプレスリリースを利用することがある。プレスリリースとは、文字通り、新聞などマスコミの記者の目に触れる機会を作るというものであり、大学や機関で記者会見する場合と、情報を紙媒体で流す場合がある。大学や研究科でプレスリリースをしてないところは、制度を導入してくれるようにプッシュしよう。
 では、どの論文ならプレスリリースすべきなのだろう。自分は素晴らしい成果だと思っていても一人よがりの場合もあるだろう。まず、インパクトファクター10前後以上の雑誌であれば、それなりの査読者が見るので、結果的に良い論文が掲載される確率は高いので、自信を持ってプレスリリースしよう。そもそも、それくらいのレベルの雑誌は、プレスリリースを独自にやっているので、マスコミはそちらのほうから情報を得る場合も多い。それら以外の雑誌に掲載された論文でも、学術的意義が高いと思うものや、応用実用面で役立つ可能性が高いものは、積極的にプレスリリースしよう。
 プレスリリース用の文章を書くときであるが、何がわかっていなかったのか、なぜその研究をやったのか、その結果何がわかったのか、それが何に役立ちそうなのかを、とにかく平易にわかりやすく論理性をもって書くことである。そして、わかりすい図があるとよい。生理研のプレスリリースは、一目見て研究のイメージが理解できる図がつけられており、質の高いものであるので参考にされたい。対象読者は、まずは科学部の記者であるが、最終的には一般市民である。ただ、わかりやすく書こうとしていくと、だんだんサイエンスでなくなってくる。サイエンスとしての正確性が損なわれない程度にやさしい文章にしよう。

4.新聞取材
 プレスリリースで科学部の記者の目にとまると、まずは電話で取材がはいる。大手の新聞は独自の科学部をもっているが、小さい新聞社は、共同通信や時事通信の取材内容をもらう場合が多い。ヤフーなどもそうである。さて、正確に成果を伝えるためには直接来てもらって話をするほうがよいが、地方の場合など直接訪問というのは難しい場合があるし、時間が限られているときが多いので、電話対応のケースが多い。こちら側は、何が新規の点なのかを頭のなかで整理しておくことが大切である。しかし、いざ電話取材を受けていると、自分が気づいていなかった点をついた質問をされることが多い。一本目の電話取材の内容をすぐに推敲し、次の電話に備えることも大切である。一般市民はこういうところに興味をもつんだなぁ、と自分が盲目になっていることに気づく。取材をうけると意外と勉強になる。
 新聞取材で注意しなくてはいけないのは、彼らは話を単純化したがる傾向にあること、まだ応用面までやっていないのに何に役立つものなのかなどしつこく聞く傾向があることである。ここで単純化しすぎたり、推測で応用面を言ってしまうと、言い過ぎの文面となって掲載される。一方で、夢や展望を示唆するということも重要である。新聞の場合は、ある程度事前に発表内容を確認できる場合があるので、相手まかせにしないで、科学者としての誇りをもって、そのあたりのバランスが崩れないようにしたい。
 2004年、私の研究分野の嗅覚で、アクセルとバックがノーベル賞を受賞したときである。日本時間の夕方6時半、カロリンスカで記者発表があった数分後から、私のオフィスの電話が鳴りだした。そこで、どの新聞もマスコミも聞くことが、「においの仕組みがわかって、何に役立つのでしょうか?」であった。これには参った。確かに嗅覚のメカニズムがわかったところで、人間にとって特にいいことはない。ただ、身体のしくみでわからなかったことが明らかになって、それが知的財産として間接的に我々人類のためになることは言うまでもないことである。研究の本質的な意義が失われないようにしたいものだ。

5.テレビ取材
 メディアへの発信で一番やっかいなのがテレビである。何が一番やっかいかというと、テレビの番組はいつも、こういう方向性の内容にしたいというものを持っているということである。だから、研究者からこの言葉を聞きたい!というのが最初からあるのである。逆に、その言葉をいってくれる研究者を探している。いろいろ説明したり、話したりしても、結局良いところ取りされた!という経験をもっているかたも多いだろう。私の研究している匂いやフェロモンのこととなると、いくらでも面白おかしくできるので、注意しないと、結果的に変な番組にでていたということになりかねない。
 まず重要なことは、番組の趣旨と流れをきちんと確認することである。そして、いろいろ取材でしゃべった中のどの部分をテレビで放映するのかもチェックすることである。それ以前の問題として、電話だけで済ませようとするテレビは注意したほうがいい。そういう場合は、自転車操業的に番組を作っていて適当な内容で放映するときがある。私は、まず直接来てもらって話を聞き、私たちの研究内容が番組に貢献しそうだと思ったら、最終的な番組内容をチェックさせてもらうことを条件に協力をする。再現性がなかったり、誤りがある論文をひとつでもだしてしまうと、その研究者にとって致命的になるのと同様に、くだらない番組にでることによって、研究者の業界で評価がさがることは間違えない。

6.終わりに
 私事ではあるが、私は嗅覚の研究をやっているので、匂いや香りを使ったワークショップをしたり、サイエンスカフェなどにも積極的に協力して、誤解されやすい「におい」の科学の市民への発信にも努力をしている。におい・かおり環境協会のなかの「におい教育部会」では、一般向けのにおい公開セミナーを開催している。スーパサイエンスハイスクールSSHでは、われわれの研究室を見学公開して、嗅覚研究の最先端を体験してもらっている。研究論文の成果の発信だけでなく、このような機会をとおして、研究内容に触れてもらうことも大切だと思っている。
 最後にひとこと、実は私は、原著論文を書くときにすでにプレスリリースや新聞発表をイメージする。この論文はどこに主眼を置いたものなのか、何がブレークスル―なのか、どこが面白いのかなど、まるで自分の家族や友人、呑み屋でたまたま横に座ったひとにも、その論文の面白さを伝えられるように、考えながら論文を書く。それが、トップジャーナルでは査読に回るために重要な、論文のカバーレターにもつながる。さらに遡ると、PIとしてテーマを決めるとき、プレスリリースするときの説得性を考えて、方向性を考えるとよい。なぜなら、本質的な重要なテーマとは、一般市民も面白いと思うものであることが多いから。

役立つ参考文献:
小泉周「科学者から国民への情報発信の意義と方法」化学と生物 2011年7月号

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