手記
東原和成 ┃ CSH Asia Conference: Development, Function, and Disease of Neural Circuits┃ 2016年5月17-20日
CSH Asia Conference: Development, Function, and Disease of Neural Circuits (Suzhou, China)
今回は上海から車で2時間ほどの蘇州である。蘇州は、ソシュウと発音しても通じない。スージョウである。しかも蘇州の蘇は、古い漢字で、いまは簡略した漢字を使う。同じ漢字でも、発音と字が違うので、日本人にとって中国の都市の読み方はとてもやっかいである。行き先は、DNA二重らせんのJames Watsonが作った米国ニューヨークのコールドスプリングハーバーCSHで開催されるCSHミーティングの中国版である。Development, function, and disease of neural circuitsというタイトルのミーティングで、私の領域から若干ずれるが、旧友のMinmin Luoがオーガナイズして、近い領域で研究をするNirao Shah(ドタキャン)とDaiyu Linも参加するということで、招待を受けた。
まず上海へ向かって降下する飛行機でびっくりしたことは、空が綺麗である。窓からは、赤潮の中をうごめく多数の船、そして揚子江からの泥で様々な色を呈する近海、幻想的な光を放つ揚子江の河口が見える。羽田から飛び立って、細かく入り組んだ日本の海岸線を見ながら来たので、やはり中国はスケールの大きい大国だなと感じる。そして、中国に降り立ったときにいつも感じる香りは健在である。八角など中国でよく使われる香辛料と石油由来の化繊の匂いが混じったものである。化繊の匂いは、日本でも中国製品の衣服から感じられるので、鼻で記憶している。
毎回、中国の成長に驚く。上海空港からの車のなかから街を見ていると、マンションが立ち並び、裕福そうな家もたくさん見える。もちろん格差は相変わらず激しいとはいえ、生活レベルは確実に向上していて、表面的にはもう先進国になっている。空も真っ青で、遠くに上海ダウンタウンの素晴らしい摩天楼が見える。中国政府もついに大気汚染を解決したか、おお!と思う。しかし、あとから聞いてみると先週雨がふってたまたま空が綺麗なだけだそうだ(苦笑)。いずれにしても久しぶりの中国、美味しいご飯とお酒が飲めると思うとワクワクする。一方で、今回はフェロモン情報を処理する神経回路の未発表データの話をはじめてするのと、聴衆のバックグランドも脳神経科学なので、どんな難しい質問が来るかと思うと緊張する。最近の国際学会では発表前に以前ほど緊張しなくなっていたので、久しぶりの感覚を身体が感じて気持ち的にも若返る。
私は講義の関係で、学会には1日遅れて参加である。東大元H総長が9月入学案をぶちあげて、講義カリキュラムをぐじゃぐじゃにして去った余波で、私の夏学期の講義は4、5月に集中して、しかも一回の講義が105分というありえない長さになったので、なかなか一回休講にすることができない。それはさておき、学会会場に入ってみると、およそ150名近くいるだろうか、ほとんど中国人である。あとから聞いたのだが、中国外からは20名もいないのではということである。日本人は名簿から判断すると5人ほどである。私のほかに、東大の河西先生と理研の林先生が招待講演発表をする。そのほかの中国人は半分以上が学生である。みんな積極的に質問をする。休憩時間も発表者を捕まえてどんどん質問をしている。日本の学生には見られない光景である。どちらかというとPIレベルが多く集まる米国CSHミーティングと比べて、学生への喚起が目的というか、ひいては中国のサイエンス業界の活性化というのが目的になっているのかもしれない。
学会の内容としては、ドーパミンやセロトニン、そして皮質や海馬などが中心で、感覚系はあっても視覚、聴覚で、われわれの嗅覚や視床下部などはマイナーであった。しかし、中国で進んでいるトランスジェニックマカクの話などもあり、欧米に負けずに最先端をいきたいという中国人のアグレッシブさを垣間見た。手法としては、やはりウイルスをつかった光遺伝学、薬理的操作などが多い。ただ、どうしても古典的な神経解剖学の知見を超えるものは少なく、私達の研究のように、フェロモン入力信号とアウトプットの行動をきちんとおさえたあと、神経核の「コネクション」と「順番」そして神経細胞レベルで「セルタイプ」の三つを明らかにしている研究は少なかった。Daiyu Linはメス同士の攻撃を司る視床下部の話をした。視床下部はいろいろな機能を担っている興味深い場所であるが、私達の見ている性行動との関連でもかなり近いところをやっていてドキドキした。
と、学会の内容報告はここまでである。いまはネット環境があるのでどこでも仕事ができる。しかし、聞いていたとおりやっぱり中国ではグーグルが使えなかった。みんな文句を言っていた。いずれにしても、こちらでも一応オンタイムでメールでの対応はできたので、仕事はキャッチアップできている。しかし、こんな日記を書ける時間があるということは、逆に言うと、意外と国際学会では時間があり、日本の喧騒を離れてリラックスできているのかもしれない。6月にはISOT2016(国際嗅覚味覚学会)が横浜であるなど、またしばらく息が抜けない日が続く。そして今蓄積しているERATOの成果をどんどん世の中にだしていかないといけない。
平成28年5月20日 機中@日本国領域に入ったあたり