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手記

東原和成 ┃ 32nd Annual meeting of association for chemoreception sciences┃ 2010年4月21-25日

新装AChemSの開店

30年ほどずっと会場であったSarasota Hyattもついに手狭になり、今年は、Tampaから車で30分ほどのSt. Petersburgというところのビーチ沿いのホテルに会場が移された。どんなところなのかと不安と期待でみんな来たようだ。昨年のAChemSの手記で書いたように、Sarasota Hyattのボートハウス(飲みバー)が閉まってしまい、移動するいい理由ができたわけだが、やはり長年慣れた場所を離れると抵抗がある。ホテル自体は、Sarasota Hyattのほうがコストパフォーマンスは高く、会場も、シンポジウム会場とポスター会場が数百メートル離れているなど、若干不便なところはあった。しかし、海も綺麗で、アトラクションも多く、またビーチのバーも雰囲気もよい。また、綺麗な観光ビレッジがありシーフードなど美味しい食べ物がいろいろなところで食べられる。全体としては、Sarasotaよりよかったのではと思われる。ただ、学会開催のコストが高かったのか、抄録集は自分でプリントアウトしろということになっていた。

さて、今年は、前週のアイスランドの火山爆発で、ヨーロッパからの参加者の多くがキャンセルとなり、空きポスターが多く、人数が少なかった。また、Leslie Vosshallと私がオーガナイズするJanelia Farm Conference (Form and Function of the Olfactory System)が翌月に控えていることもあり、多くの嗅覚研究者は参加を見送り、そういう意味では若干寂しかった。しかし、やはり相変わらずAChemSのレベルは高く、多くの素晴らしい発表があった。私のグループからは、博士1年の永嶌さんが、3年間かけて行った、嗅粘液での匂い物質の酵素反応が匂い感覚に影響を与えるという衝撃的な発表をした。分子生物学、生理学だけでなく、心理学の領域の人たちにもインパクトがあったようだ。また、昨年10月からメンバーに加わったポスドクの松村君がMonell時代の成果の発表を立派に発表した。

今回のひとつの特徴は、参加者の多くがはじめてAChemSに参加したひとであったということである。一方で、大御所のひとたちの参加が減っており、そろそろ世代交代の時期に来たようである。私はいままで、この領域をひっぱってきた人たちに認めてもらいたい、追いつきたい、追い越したい、と必死に走ってきたが、その時代は終わり、いつのまにか私も欧米の大学院生やポスドクに囲まれて飲む時間が増えてきたような気がする。自分も目標にされているのかもしれない。夜のバーでも、ちょうど私と同じ世代の独立研究者達の間で、研究に関するディスカッションに活気があった。そんななか、Stuart FiresteinやCharles Greerは、いまでも元気に夜遅くまで飲んでいたが、もう研究の話は少なく、なんか、切ない気持ちになった。

車で20分くらいのダウンタウンには、ダリ美術館がある。奇人で著名な画家であるが、ここSt. Petersburgに何年か住んだそうである。ここまで多くのダリの原画を一気に見たのは初めてである。その描写の詳細さ、そして、幾何学的科学的な表現力にはいつも圧倒される。時間と空間が厳密に制御されている細胞体が描かれているようである。私は相変わらずダリは苦手であるが、何年か一回このようにダリを見ると、そのときそのとき感じることが変わっていく。以前は、人間的な泥臭さを感じていたが、今回は、ガウディに感じるのと同じ自然界の美を感じた。自分の脳の感性が変遷しているのであろう。

そう、論文も同じである。そのときに読んで感じることと、しばらくして読み返してみて感じることが違う。論文の美しさも、どれだけそのような奥深さがあるかではないかと思う。私は2005年Science論文の最後のパラグラフで、2008年Nature論文を匂わせる文を書いた。2008年Natureがでたあと、みんな気がついたようである。まだ私はそんな意図的な陳腐なことしかできないが、論文にいわゆる高いInsightを感性とともに織り込むことができるようになりたいものだ。

私にとっての海外出張は、もう情報集めだけではない。感性をとぎすませ、次の獲物を狙う目を養うためのものでもある。私の教え子岡君が留学している先のCharles Zukerは、今回の受賞講演で、音と目、すなわち音楽と芸術のSenseで見事な導入で聴衆をひきつけ、Taste systemに対する彼のロジックを力説した。そのあと、彼とかなりの雑談をした。そして、Natureにin pressとなっているESP1の論文の内容を話した。本質的な問題は何か、サイエンスをやるうえで私自身がいつも問いかけていることであるが、Charlesがそれを指摘し、とても評価してくれた。ダリの絵とCharlesの目の光が異様に頭について離れない。Buck & Axelの10周年記念シンポでは、私はボードレールの「Correspondence: 呼応」をスライドに織り込んだ。来月のJanelia Farmではどんな発表構成にしよう・・・

平成22年4月26日(シカゴ空港トランジット中)

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