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手記

東原和成 ┃ Invited seminar at National Institute of Biological Sciences ┃ 2007年10月19日

Mini-symposium at NIBS at Beijing, China

はじめての中国である。空港でにおった中国の香りは、やはり、八角などの香辛料の匂いである。日本に比べて乾燥しているので、香辛料の香りがなかなか心地よい。昔、アメリカにいたときに、東洋食品系の店やチャイナタウンで経験した香りである。それに加えて、砂っぽい匂いもする。黄砂のせいか、排気ガスなどのせいか。

今回、北京生命科学研究所(NIBS)から講演招待を受けて初めての中国の土を踏んだ。嗅覚研究分野の良き友人でもあるMinmin Luo氏がホストである。NIBSはまだできて3年の新しい研究所であるが、新進気鋭の研究者を多く集めて、研究費のサポートもたくさんあり、すさまじい勢いでセットアップされて業績がでている研究所である。Luo氏のラボも10台近い電気生理/イメージングシステムとニ光子顕微鏡と行動実験装置を備え、セットアップ2年目ですでにラボが回っている。NIBS自体は、理研の小型版という感じをうけるが、大学院生は、北京大学をはじめとする北京周辺の大学からひきうけているので、研究所なのに学生が多くいる。講演会は、ミニシンポジウムとして、たまたま山元大輔先生と一緒であった。ハエの研究で有名なYi Lao氏が招いたそうである。NIBSの神経科学系の研究室は、Minmin Luo氏とYi Lao氏しかいないのでわりと少人数かと思いきや、シンポジウムは、結構の盛況であった。そのあと、両研究室の学生達とディスカッションしたが、中国の大学院生達はみんな積極的でよく勉強していてなかなかたのもしい。顔つきも目つきもパワーを感じる。これが今の中国の原動力の一端なのかと思うほどである。

NIBSは、黒塗りの研究所専用の車三台と、マイクロバス二台をもち、専用運転手が講演者の送り迎えなどをすべて担当する。私も、空港でピックアップしてもらい、講演会の次の日は、そのお車付きで、一日北京市内や市街の観光をさせてくれた。Luoラボの学生が一日観光に付き添ってくれた。先日サイエンス論文をだした学生である。日本では、学生に外国人招待者の観光接待をさせることはなかなかできないが、やはり、中国では教授の力が強いのだろう。でも、学生にとっても、講演者と過ごす機会を通して、より世界が広がったり、思わぬ幸運が転がり込んだりするのではと思うので、一見無駄に思われがちなこういう時間も長い目でみれば大切なものになると思う。食事も最高級の北京ダックや中国伝統のディナーを提供してくれて、いたれりつくせりの接待である。韓国もそうであるが、中国のすばらしい「おもてなし」の精神に関しては、人との人との関係が希薄になっているわれわれ日本人も、もう一度思い出さないといけない精神だなと思う。

さて、大きなカルチャーショックである。以前から、トイレにドアがないとか、幼児のずぼんのお尻の部分がわれているとか、中国伝統?の実情は聞いていたが、まずびっくりしたのは、交通である。ルールがない。いや、ないといったら誤解を生じるが、左折も右折も車線変更もUターンもまったくお構いなしで、それつっこめという感じの運転である。そこに自転車とバイクと三輪車と歩行者が道路を交錯する。よくこんなんで事故が起きないなと不思議である。中国人曰く、「ぼーと運転していられない。運転手も自転車も歩行者もみんな真剣に移動している。だからみんな注意しているから事故が起きないんだ」。整然としている日本で多くおきる事故は、ルールがあるということに安心をしてしまっていることによる落とし穴であろう。まさに、「カオス」というか「混沌」のなかに自然発生する「秩序」あるいは「まとまり」とでもいおうか。

1989年、天安門事件。私にとって重要な節目であった渡米の当日、数千人の死者がでた中国にとって歴史的な日である。その数ヶ月後には、ベルリンの壁が崩壊した。それから20年近くたち、いつかいってみたいと思っていた赤い天安門の広場に初めて立ったとき、とても不思議な感覚を覚えた。民主化に向かって走った中国で、いまだに神様のようにあがめられている毛沢東の肖像画の大きかったこと。そして赤い壁(塀)とネズミ色の漆喰のコントラストが美しい。その赤の街の発展がすさまじい。オリンピックを目の前にしているという共通点も含めて、まるで高度経済成長期の日本そっくりである。どんどん古い町並みが壊され、ビルが立ち、道路が整備されている。胡同(フートン)と呼ばれる古い住居地区は、私から見れば文化遺産的な価値があると思うので残念である。ただ、確かに町並み保存の意見もあるようで、これからどのようにして共存させていくか、中国政府の課題とも言えよう。

今回の北京訪問で思ったことは、月並みだが、中国の勢いである。その勢いは、スパイスをふんだんにつかった食事を朝昼晩とたくさん食べ、村を囲む塀や万里の長城などで常に外敵からの侵入に備えて耐えてきた民族ならではの力であろう。同じアジア人でも、農耕民族で天然の壁である海に囲まれて悠々と過ごしてきた日本人とは流れている血が違っても当然であろう。そんななかで、礼儀作法やおもてなしといった仏教や儒教の精神では共通のものがあり、いわゆるAsianとして、欧米諸国とは違ったコミュニティーを化学感覚分野(Chemosensory science)でも育むことができたらよいなと感じた出張であった。
(平成19年10月31日)

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