手記
東原和成 ┃ 第40回日本味と匂学会大会 ┃ 2006年7月11-13日
第40回日本味と匂学会九州大会
普段は国内学会の手記は書かないのだが、今年の日本味と匂学会は、記念すべき第40回大会であったのと同時に、私自身が組織委員として関わったこともあり、また今大会は今後の味と匂学会の方向性に関して重要な位置づけになると思われることから、少し書いてみようと思う。
私は、日本味と匂学会には、嗅覚研究を本格的に始める約1年前の1994年の熊本大会に初めて参加し、そのときに学会員になっている。つまり、嗅覚研究をやる前から日本味と匂学会員になっていたという、めずらしい人間でもある。参加の目的は、日本に帰国して嗅覚研究を一から立ち上げるために、日本で嗅覚研究を推進している先生方と研究の動向を知るためであった。その後、結果がないのに学会に参加するつもりはなかったので、実際に研究成果がでるまでの数年間は国内外の学会にはどこにも出席していない。そして、1998年7月、ゴードン会議(Chemical Sense)に斬り込み、まだ投稿中だったPNAS論文の成果発表をしたが、高い評価をうけ、ディスカッサントに突然の指名を受けた。そのとき、名も知れない若輩の私に旧知のように話しをしてくれて激励してくれたのが、日本の味覚界の代表として参加していた今大会長である二ノ宮先生であり、その激励が、その後一匹狼として生き残っていくのに私の精神的支えになったのは言うまでもない。しかし、すぐ数ヶ月後の日本味と匂学会(郡山大会)にポスターをだしたが、数人のひとが興味をもってくれただけで閑古鳥が鳴いた。嗅覚の分子生物学をやっているひとが少なかったからである。(あとから知ったのだが、現在私の研究室でポスドクとしてとてもいい仕事をしてくれている佐藤君が私のポスターに寄ってくれたらしいので、このときの発表は意義あったということになる。)
そして、数年がたった。その間、私のグループからの発表の中心はAChemSであり、国内では、生化学会、分子生物学会、神経化学会などの大会で発表し、味と匂学会には、学生を発表させるうえで閑古鳥が鳴いては悲しいので発表させなかった。しかし、二ノ宮先生の国際感覚と若手育成の精神に賛同し、先生が毎年主催されている国際シンポジウムに参加しだしたころ、少しずつ日本味と匂学会への関わりの機会が生まれてきた。そして、二ノ宮先生の推薦で研究奨励賞(高砂賞)をいただけることになり、また、会長推薦で運営委員の大役も仰せつかり、本格的に日本味と匂学会の一員として活動できる場が与えられた。そして、去年から国際シンポジウムでは嗅覚のセッションのオーガナイザーを勤め、今回の味と匂学会では、嗅覚の外国人招待講演者とのやりとりや接待をまかされただけでなく、後述するワークショップの司会までまかされた。そんな経緯で、今回は九州大会であったのに、「東京もん」が組織委員として名前を連ねることになったのだが、つまり、お手伝いをはじめたら結果的になってしまった話であり、最初から組織委員として二ノ宮先生から頼まれたわけではない。学会員の先生方のなかには、なんで東原が組織委員?と思われた方がいると思うが、お手伝いを積極的にした結果論であり、特に深い意味はないのでご理解いただきたい。
さて、前置きが長くなったが、本論の今大会にまつわる話をしたいと思う。本大会のテーマは、国際色強化、健康との関わり、若手育成、産学連携である。まず、今回で第4回目となる国際シンポジウムをサテライトシンポとして並行して開催して外国人研究者が多く招待された。このサテライト国際シンポでは、積極的に若手に発表させる場としても機能している。味覚のほうは若手うまみフォーラムと連携し、嗅覚セッションには4名の若手の発表の機会を設けた。この国際シンポは、もともと味覚(うまみ研究)を中心にはじまったものなので、嗅覚のほうは肩身がせまいが、日本には嗅覚研究を精力的に推進している人たちがたくさんいるので、将来的には発表の場を広げていくチャンスができればよいと思っている。数年ほどまえに、基盤研究C企画調査(科学研究費)で、日本の嗅覚グループ(匂いとフェロモン)が集う場をつくることに成功したが、その後、特定研究申請に失敗したこともあり、そのままになってしまったが、また同じような研究集会ができれば、学生やポスドクレベルでお互いに研鑽をつめる良い場となると思っている。市川先生が中心になってやっている鋤鼻研究会ともうまい連携ができればよいなと勝手に思っている。
また、味と匂の分野の健康との関わりは、今後の産学連携を考えていく上でも、味と匂研究の社会への還元を考えるうえでも重要な視点である。今回は、口腔健康科学というテーマで英語でのシンポジウムが開催された。嗅覚味覚研究の応用・実用面でのアウトプットは、食品・醗酵や化粧品業界との関連で「おいしさ」や「アロマ」がメインとなりがちであるが、一方で、歯学・臨床医学との関連で「健康」という言葉は大事なキーワードである。もうひとつのシンポジウムであった味と匂の工学、すなわち、センサーの開発は、国家対策としての「安心・安全」の基盤となることも考えると重要な応用面であるし、脳の機能的イメージングは、匂いや味といった化学物質とそのアウトプットを結ぶために、将来性のある分野でもある。
そして、最終日におこなわれたワークショップ「味と匂研究者のキャリアパス」は、本大会のテーマをすべて包括したものである。半年ほど前に、二ノ宮先生がこんなのをやりたいとおっしゃったときに、私は賛同したものの、まったくの新しい試みであったので、若輩の私が司会をやるのはいささか僭越だと思ったのだが、二ノ宮先生の熱意に押されたのと、私自身が無名のときから激励し続けてもらったお礼と、それを今度は私より若手に還元したいという気持ちから、司会およびオーガナイザーという大役をひきうけることになった。趣旨は、若手の国内外キャリアパス、嗅味覚基礎研究の展望、産学連携の展望という3つのテーマを中心に、9名のラウンドテーブルディスカッサントが意見をするという、今まで日本味と匂学会にはなかった新しい試みである。ディスカッサントの人選をどうするかは二ノ宮先生とも相談しながらとても迷ったが、人選基準は、留学中ポスドク1名、外国の大学教官1名、官から1名、日本の大学から3名、企業から3名(食品、化粧品、香料)とし、男女比を考慮したうえで、勝手に選ばさせてもらった。え?なんでこのひとが?と思われたひともいるかと思うが、どんなひとでもある程度意見には偏りがあるし経験も違うので、要は、よくしゃべるひとを選び、偏った意見でも、聴衆のみなさんに「いや私はこう思う」などと逆に思ってもらいたいという意図であった。最終日ということもあり、閑散とするかと思ったが、最後に用意していたケーキの数を大きく上回る150名ほどの参加があり、このようなテーマに対するみなさんの興味の高さが表徴した結果であると思う。内容といえば、司会の本人である私から一言、「さすがみなさん雄弁家、司会としてまとめるのがとても大変でした!(笑)」ということで、あとは参加したみなさんの評価にまかせたいと思う。おそらく、100点満点からはほど遠いが、みなさんがどのようにしたら味と匂の分野を盛り上げていけるか、産学の連携をどのようにしていけば実りがあるのかということなどに、あえて意識をもっていただけたら、それだけで今回の企画は成功したのではと考えたい。
来年の日本味と匂学会は、阿部先生が会頭として東京で開かれる。阿部先生は、私が嗅覚研究を立ち上げたときに、設備などを使わさせていただいただけでなく、学生さんの面倒をみてもらったり、とてもお世話になった先生である。私は日本の嗅覚・味覚研究者の系統樹には乗っていないが、今年と来年と、いつも激励をしていただいた先生が連続して会頭を勤められるということは私にとってもうれしいことである。阿部先生は最後の挨拶で、来年の味と匂学会は「もとにもどす」という気になる発言をなされたが、ぜひとも、九州大会の良い部分、すなわち「若手育成」「おいしさと健康」「産学連携」という3つのテーマは継承しながら、阿部色を前面にだした東京大会にしていただきたいと思う。(2006年土用の丑)