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手記

東原和成 ┃ Attended as a discussant in Alfred Nobel Symposium ┃ 2005年6月18-22日

ノーベル財団シンポジウム

 昨年、BuckとAxelがノーベル賞をもらってから、日本の世間も、においだとかフェロモンとかやたらとせわしい。ましてや、昔は普段の生活で無意識のうちに学んでいた嗅覚教育が無臭志向によってまともにおこなわれなくなった現代の日本社会では、においがさまざまな場面で問題になっていることも、話題性に追い討ちをかけている原因であろう。騒音、振動などの苦情が減っているなか、悪臭による苦情件数がこの数年で2倍にも増えているらしい(環境省資料)。そんな状況なので、マスコミ、雑誌、出版社などから匂いやフェロモンに関して問い合わせをうけることが最近多い。日本では嗅覚研究者が少ないことも原因だと思いつつ、「研究者も芸者と同じで声がかかるが花のうち」と思い、できるだけ対応している。でも、こっちが気分の悪くなるテレビ局や雑誌や広報誌からの問い合わせは、相手にしてよかったためしがないので、申し訳ないが、嗅覚研究をやっている他の先生方を紹介して話しをまわしてしまっている。

なぜこんな話しをし始めたかというと、今回、スウェーデンのノーベル財団が主催するノーベルシンポジウムに日本から派遣されることになったのだが、講演をするわけではなく、ディスカッサント、すなわち、質疑応答や討論での発言を求められる桜的な立場だというので、最初は難色をしめした。私に偶然にも白羽の矢があたったのは、もちろん昨年嗅覚でノーベル賞がでたからである。ところが、日本とノーベル財団との関係をよりよく保つためにも日本学術振興会としては大事にしているので断るなと某有名先生に言われたので、まあいいかと思って引き受けたのである(あとになってみれば僭越な話しなのであるが。)いずれにしても、ノーベル財団からの依頼だといってあたふたする権威に弱い日本国である。でも、シンポジウムでノーベル財団の理事長と話してみると、いろいろな国に声をかけて「Young promising scientist」を派遣してくれと依頼したのだが、インドだけそれに答えなかったといってブーブー言っていたので、日本もちゃんと対応してよかったのではと思う。もっとも、「若手」とはいえども、他国からは結構おばあちゃんおじいちゃんが来ていた(笑)。

参加者(約90人)が集合したのは、ストックホルムの旧市街地であり観光地にもなっているガムラスタンにあるノーベルミュージアムである。一般市民の入場を中止して、われわれのためにレセプションとミュージアムツアーを催してくれた。そして、シンポジウムが行われたSanga-Saby Conference Centerへバスで移動。そこは、ストックホルム郊外にある環境にやさしいエコシステムをとりいれた合宿所である。ゴードン会議を彷彿させる。朝から晩までシンポジウムがあり、朝昼晩と三食は、スウェーデンスタイルのもので、かなり豪華なものであった。普段の日本食から離れて、かなりリッチな(カロリー的に)食事に胃のほうもビックリしていたようだ。このいたれりつくせりの接待(?)は、数年前に参加したCold Spring HarborのBanbary meeting報告日記を思い出させる。

さて、シンポジウム全体のタイトルは、「Energy in Cosmos, Molecule, and Life」である。エネルギーというキーワードのもと、宇宙物理関係(Cosmos)と化学関係(Molecule)と生物関係(Life)の三つの分野からノーベル賞受賞者を含めた7人づつのスピーカーが講演し、その講演をもとに、参加者全員でディスカッションするというものである。日本からは、物理、化学、生物の3つの分野に2人づつ計6人がディスカッサントとして参加、早稲田大学の木下先生が分子モーターの一人者としてスピーカーとして参加した。シンポジウムは始まってみると意外と面白い。数年前、日米先端科学会議というクローズドの分野ごっちゃまぜのシンポジウムに参加したことがあるが、形式は似ていて、異分野の人たちとの交流がメインの目的であるようだ。宇宙科学をやっているひとはこんなことやっているんだとか、量子力学をやっているひとの頭の構造を予想してみたり、普段あまり接しないジャンルの人たちと話すのは極めて新鮮である。生物関係では、Principle of Neural Scienceの著者で有名な神経科学者Eric Kandel、チャネルの専門家Roderick MacKinnon、そしてもちろんRichard Axelと豪華なノーベル賞受賞者メンバーだ。

内容は、Energyということで多少片寄っていたが、今地球規模で重要なトピックであることは確かである。しかし、私が思うに、シンポジウムの内容的には、Energy in Cosmos, Molecules, and Lifeではなくて、Space and Time in Cosmos, Molecules, and Lifeのほうが適切なタイトルではないかと思った。空間と時間、これは全てのサイエンス(ミクロからマクロまで)に共通する問題であり、私のやっている嗅覚の世界でも、この二つのキーワードは非常に大切なものである。そして、私の好きな単語でもある。さて、レクチャーは皆上手で非常によかったのだが、ノーベルコミッティー(全てスウェーデンの人たち)が中心になってオーガナイズしたディスカッションは、少々お粗末なものであった。どうも、ノーベル賞というものが一人歩きしてしまっていて、実質上は、なんかローカルなものであることがわかり、少々がっかりという気持ちを捨てきれない。多くのサイエンティストがノーベル賞という言葉に踊らされているということが実感できて、なんかさびしい気持ちになってしまった。というわけで、今回のノーベルフォーラムの感想は、一言につきる。ノーベル賞というものは、人間の欲が作り上げた幻想。Richard Axelも、「大きな声で言えないが、サイエンティフィックにはこんなちっぽけな国が、こんなにも巨大な賞をだしているということは、サイエンスの世界の7不思議のひとつだ」と。おっと、口の悪いRichardだということで勘弁を(笑)。

いずれにしても、私にとっては、Richard Axelやたまたま参加していた嗅覚研究者と、かなりの時間、有益なディスカッションをすることができたので実りがあった。そして、最後のバンケットでは、Eric Kandel, Richard Axel, Joan Steitz, Arthur Horwichという豪華メンバーと同じテーブルになり、めったに味わえないハイレベルのサイエンティストの会話に入れたことは貴重な経験となった。初めての欧州で、ヨーロッパの生活と環境に接し、そして、サイエンスの世界では「天下の」スウェーデンのノーベル賞関連の世界に触れて、考えさせられることが多かった一週間であった。きっと、私のなかで、今後サイエンスを続けるうえで非常に良い意味でプラスになるような経験になったと感じるので、学術振興会からふってきた灰と最初は思ったが、終わってみるとありがたい経験をさせてもらったと感謝の気持ちでいっぱいである。(平成17年6月23日日本への機内にて)

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