手記
東原和成 ┃ RECEPTOR SYMPOSIUM in 27th AChemS ┃ 2005年4月17日
2005 AChemS 手記
毎年、フロリダで開かれる米国化学受容学会(通称、AChemS)も、思いおこせば、1999年、帰国して打ち上げた最初の花火を発表して以来、7回目の参加となる。1998年のゴードン会議で「単一嗅細胞からの匂い受容体の機能的クローニング」をポスター発表していたので、何人かとは面識があったが、当時は、私も嗅覚界では新参者であった。そんななか、たった15分の口頭発表であったが、1999年3月の米国アカデミー紀要にでたばっかりのネタを発表したので、手応えがあったのを覚えている。その発表は、米国M大学の人達に目がとまり、そのあと助教授でこないかとリクルートされることにもなった思い出深いものである。もちろん、ヤマト魂をもって日本で研究するために帰国した小生は、甘い言葉には乗らず、日本での研究室立ち上げを選んだのは当然である。
と、追憶はこの程度にして、今回は、研究室から4つのポスターと過去最高数の発表をおこなった。内容的にも、卒論第一期生の仲川君・木本さんの両名が6年間かけて蓄積した結果、すなわちそれぞれScienceに3月発表した内容と、現在、投稿中の超ホットな未発表データを発表したので、レベルもかなり高いところにあったと思う。この二つは私が暖めていた隠し球プロジェクトである。これらに加えて、嗅覚受容体mOR-EGのトランスジェニックマウス解析結果を、岡君が発表した。オイゲノールを認識するこのmOR-EGは、当研究室が誇る、世界でも有数の機能解析が進んでいるマウス嗅覚受容体である。ポスターの内容は論文としては未発表であるが、最近堅田さんが匂い結合部位の決定にも成功するなど、うちらがぶっちぎっている内容なので、それを披露という感じ。また、昨年からポスドクとして加わってもらった佐藤君が、海外留学中におこなった魚の嗅細胞の機能解析結果を、日本での実験も含めて発表した。えっ?東原研で魚の嗅覚の研究も?と思ったひとが何人かいたようである。乞うご期待というところであろうか。
さて、日本からの発表者の数もこの数年間で徐々に増えている。4月半ばの開催ということで、年度始め予算が動かない日本ではなかなか海外にいくのが難しい時期であるが、近年、立て替え払いなどの制度がフレキシブルに使えるようになった結果、また、数年前から日本からもどんどんAChemSで発表を!と私も呼びかけていることもあり、着実に増えているようである。ヨーロッパからの研究者の参加が少ないなどということもあるが、やはり、今何が嗅味覚分野の先端でおこなわれているかを見極めるためにも、また、外交を通して未発表の情報を仕入れるためにも、AChemSは参加必須の学会と私は感じる。少なくとも、日本でアクティブに嗅味覚の研究をおこなっている研究室からは、ポスターや口頭発表があり活気があったと思う。日本の嗅味覚研究界を盛り上げるためにも大変良い傾向である。
今回の学会のメインのひとつは、昨年度ノーベル賞に輝いたBuckとAxelを祝うNobel receptionだ。AChemSとNIHがあわせて200万円を投じたと言われるこのレセプションでは、BuckとAxel研の出身者が祝辞を述べ、シャンパンで乾杯をしたあと、フロアーからいろいろな質問が飛んだ。なかでも、どうやったらノーベル賞級の仕事ができるかという質問に対して、Lindaの「If you know what you are doing, you’re not gonna make a breakthrough」という答えは、私も、うーんなるほどとうなった。実験が計画通りいかなかったり、方向性が見えてこなくても、そこにはきっと自分しか見いだせないお宝が眠っていると思えるかどうかが、チャンスがきたときにそれをゲットできるセレンディピティを育てるのではと思う。誰でもチャンスはある、誰でも研究者としてやっていける可能性をもっている、学生さんたちには、是非ともそのような情熱をもって実験をしてほしいと願っている。
さて、学会でのホットの情報はというと、実は、私は最終日のReceptor symposiumでAxelの前に講演をすることになっていて、また、現在投稿中のフェロモン関係の仕事に関して水面下の外交に集中していたこともあり、なかなか発表自体には集中できなかった。そんななか、今回の学会で感じた、嗅覚系で今ホットな部分はおおきくわけて二つにわけられるだろう。ひとつは、匂いのほうであるが、本当に嗅球に匂いの地図があるのだろうかということである。今まで、一次中枢の嗅球で匂いの地図が作られて脳に伝わると考えられていたが、どうやらそう単純にはいかないのではという考え方が広がっているらしいというのが水面下の情報である。もうひとつは、フェロモンである。最近KatzのグループやRestrepoのグループらが、尿に含まれる揮発性のフェロモンは、齧歯類でも主嗅覚系をとおして情報がインプットされているらしいと報告しているが、その経路を担う細胞は、一般的な匂いを受容する嗅細胞とはちがい、TRPM5が発現しているなど情報伝達機構も違うのではということが示唆されてきている。ここに、実は、埋もれかけていたIP3経路の存在が浮かび上がってきているようだ。投射される嗅球での位置も、今まで手つかずだった最もventral側にある。
一方で、不揮発性のフェロモンもホットだ。MHCペプチドがBruce効果に関わるという最近の報告は有名だが、どうやらMHCペプチドは鋤鼻器官だけでなく嗅上皮も活性化するらしい。V2Rを介しているという見解はどうなったの?という感じである。そこで私達の研究が注目されている。私達は、尿ではなく、外分泌腺から分泌されるペプチドが鋤鼻器官を活性化することを発見した。このペプチドは新規の遺伝子ファミリーをつくっていることがわかり、もちろん、V2R受容体群のリガンドとしての最有力候補である。詳細は、現在投稿中ということで話せないが、とにかく、尿ではなく、顔付近からフェロモンがでてくるのだから面白い。そういえばマウスたちは顔をくっつけあいますよね。また、性特異的なので、詳細な行動実験は必要なものの、私達はこれが真のマウスの性フェロモンと思っている。ポスター発表をした木本さんが発見した遺伝子で、当研究室のはがさんがV2Rの同定に、佐藤君がEVG測定に成功した研究成果である。木本さんのポスターは初日であったので、見たひとと見なかったひとがいたようであるが、期間中にそのうわさはどんどん広がっていくのが手にとるようにわかった。
私は、BuckとAxelが最初とトリを務めるReceptor symposiumで、Axelの発表の直前に、仲川君のScience論文内容と、このマウスの新規フェロモンの話を講演した。Axelの前にいれられたのは半分いじめかと思ったが(笑)、結果的には効果絶大であった。ほとんどの人が、Scienceの内容しか話さないと思っていたらしく、マウスの話は意表をつかれたひとが多々いたようだ。BuckとAxelからも「Excellent work!」と声をかけられた。Axelはこのペプチドがメスにどんな影響をひきおこすか興味津々であった(多少エッチな質問であったが、笑)。ところで、この論文は現在投稿中だが、実は、その情報がアメリカ国内で漏れているようだ。私は今回の学会期間中にいろいろなひとと話して、いろいろな裏情報をゲットした、こわいこわい。さすがに、アメリカは手強い。そのマフィア的な集団の力にも屈しない強力な内容をだしていかないと、日本からトップレベルのジャーナルにだすのはなかなか難しい。話が学会報告記から若干ずれたが、とあるひとの話によると、現在日本の嗅覚研究グループで、どんな成果をだしてくるかわからない一番「要注意」のレッテルをはられているのは東原研であるという。そう思われているということは、嬉しいのと同時に、実験のほうを急がねば、と身震いする気持ちである。(平成17年5月5日)