プロフィール

英語プロフィールへ

報告記

以下は、2004年農芸化学会誌とAroma Researchに掲載された学会報告と一部重複します。

東原和成 ┃ 26th Annual meeting of association for chemoreception sciences ┃ 2004年4月20日

2004年4月 第26回AChemS学会報告

 毎年4月にアメリカフロリダ州サラソタで開催されるAChemSは、世界各国の嗅覚・味覚に関する最先端研究の進捗状況を把握でき、電気生理から分子生物学、そして行動実験まで幅広い技術を駆使した嗅味覚研究の面白さの神髄を感じることができる学会である。第26回を迎える今回のAChemSでは、特に嗅覚研究に関するシンポジウムが多かったので、抄録集からは得られない内容を中心に報告をしたい。

 筆者は、嗅覚研究を8年前に始めて、その最初の成果(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 96, 4045 (1999))を1999年の第21回大会で口頭発表して以来、6回続けて参加している。今回は、AChemSのサテライトミーティングであるConference on Chemosensory Receptorsで口頭発表した。日本人としては、一神経一受容体発現機構を解明した東京大学坂野仁教授、Linda Buck研出身で現在Duke大学で独立している松波宏明博士と筆者の3人が招待され講演を行った。これは、3年前にCold Spring Harborで行われた嗅味覚受容体に関するクローズドの会議(Aroma Research 7号2001年で報告)のアンコールとも言えるもので、Peter MombaertsとTim McClintockがオーガナイズして、世界各国から嗅味覚受容体研究に関わる約30人が選抜され発表した。

 筆者は、2004年1月にEMBO J.に発表した嗅覚のアンタゴニズムに関する研究を中心に、匂い結合部位解析やレセプターデザインなどunpublished resultsを織り交ぜて発表した。予想外だったのは、3月25日付けのNature誌に名前入りで紹介された話を発表に含めたところ、うけるはずもない部分で笑いをとってしまい、英語と日本語の笑いの質の違いを感じた。ともあれ、国外だけでなく、坂野仁氏の仕事とともに朝日新聞(4月14 日朝刊)にも紹介されるなど、長年アメリカに辛酸をなめさせられていた嗅覚の分子生物学研究でも日本人研究者が対等に張り合ってきている状況ができつつある。さらには、松波博士もBuck研でいい仕事をしたあと、嗅覚受容体の膜移行をアシストするシャペロン因子を発見するなど、日本人嗅覚研究者の勢いが全面にでたシンポジウムであった。

 一方、アメリカ勢もすごい。3月に2号に渡ってNature Articleをにぎわせたcloned miceの話が連続で発表された。Richard Axel研のKristin BaldwinとRockefellerのPeter Mombaertsが火花を散らせたが、どちらも、最先端のクローン技術を駆使して嗅神経を使ってマウスを作成し、受容体遺伝子発現機構を解明したのであるが、その技術とエネルギーには脱帽する。Peter曰く、本来ならば、二つの論文が同号に掲載されるはずだったらしいが、Axelパワーで先にAxel研のがでてしまったらしい。私個人的にはMombaertsらの論文のほうがしっかりしていて好きだ。イスラエルのDoron LancetやアメリカのBarbara TraskらがヒトゲノムでのSNPと匂いに対する感受性の違いから受容体の関わりを解析している。Johns HopkinsのRandy Reedも坂野氏と同様の結果の報告をしたが、論文はわずかながら坂野氏に遅れをとった(Proc. Natl. Acad. Sci. 2004)。Linda Buckは脳における嗅覚神経回路をc-fosやGNRH promoterを使って解析した結果を発表した。昆虫の嗅覚受容体に関しての進展も早い。Yale大学のJohn Carlsonのグループは、ショウジョウバエの嗅覚受容体のリガンドを遺伝学を駆使してどんどん決定している。Rockefeller大学のLeslie VosshallはショウジョウバエのOr83bという遺伝子に着目した結果、匂い応答に必須であることを示した。筆者らのグループでは、カイコの性フェロモン受容体の解析をしていて面白い知見を得ているのだが、彼女らも同じ結果にいきつくのも時間の問題であることがわかりもたもたしていられない。

 サテライトミーティングのあとのmainの学会のほうの圧巻は、嗅味覚分子生物学研究をリードするアメリカのマフィア、Richard Axel, Cornia Bargmann, Charles Zukerの3名による各40分間の講演であった。Axelは嗅覚受容体に関する研究で最近有名だが、多額の特許料をコロンビア大学に貢献したリン酸カルシウムによるtransfection法の開発のほうが実はノーベル賞級の発見であることはあまり知られていない。既に論文になっているショウジョウバエの話だったが、面白かったのは、最近日本でも翻訳された「匂いの帝王」の話で、聴衆の笑いをとっていた。匂いの振動説を唱えているTurinという人がAxel一派と戦ったサイエンスノンフィクションであるが、Axelは鼻からTurinを馬鹿にしている。しかし匂いの帝王はTurinなのかAxelなのか。

 実は、最近、Turinの振動説を、Axel研出身で本の中ではSusanになっているというLeslie Vosshallが実験的に検証して「no evidence」という結果を、2004年4月のNature Neurosci.に発表していて、学会でも口頭発表があった。しかし、一方で、U.C. BerkeleyのNoan Sobleのグループが、acetophenoneのにおいは重水素化されたacetophenoneのにおいと違うというポスターをだしていた。この点は、Leslie達の結果と明らかに異なる。奇しくも筆者は、AChemSのあと、Cold spring harborのZac Mainenのところでセミナーをしたのだが、彼がこの二つの物質をもっていたので嗅がせてもらったら、私にも違って感じられた。不純物の可能性はあるが、まだまだ「匂いの帝王」は誰だかわからない。

 昨年のAChemSのときは、SARSとテロの影響で日本人参加者は少なく、私もマスクをして飛行機を乗ったくらいだったが、今年は、京都のISOTもあるし、やはり嗅味覚研究者にとって一番情報が得られる学会であるので、比較的日本からも出席者が多かった。毎年、ちょっとしか姿を現さない阪大倉橋隆教授も、今年は、cAMP経路のことで戦うということで会場でもさかんに議論を交わしていた。筆者の研究室からも、博士課程3年の学生二人が、精子で発現している嗅覚受容体の機能解析の話と、マウスの不揮発性フェロモンの話でポスター発表を行った。精子嗅覚受容体に関しては、昨年、ドイツのHans Hattのグループに一足先を越されたものだが、我々はヒトではできない部分も含めて最新知見をだした。Hattのグループも、精子における嗅覚受容体情報伝達経路に関するポスターをだしていた。マウスの不揮発性フェロモンの話は、筆者の隠し球プロジェクトでいい線いっているのだが、あるグループが関連する話で現在投稿中という話を個人的に聞いて焦っている。

 今回も、競争が激しく焦るばかりの話を聞き、悔しい一方で日本ではなかなか手に入らない情報を知ることができたので有意義であった。また、筆者は日本帰国してから一匹狼で嗅覚研究を立ち上げているので、このような機会に積極的に発表して人とのつながりを作っていくことによって、研究の評価があがり、論文もとおりやすくなり、卒業していく学生のポジションもとれやすくなっていくと感じている。ようやく最近、アメリカ勢からみても、Touhara groupの進捗状況は一応気になってくれているようである。次の国際会議は京都でのISOTであるが、AChemSでいろいろな人と話したら、シンポジウムで声をかけられていないから参加しないと言っている人がいる一方で、楽しみにしている人も多く、是非とも京都でのISOTの成功を祈りたいと思う。もちろん、この拙文が掲載されるころは大盛会で終わったあとだろうが。(平成16年5月18日)

TOPページに戻る