1. 造血関連器官の形成における甲状腺ホルモン機能の研究
細胞が分化、成熟して組織や器官が形成されていく過程は様々なホルモンによって厳密に制御されており、
ホルモン制御系の乱れは器官形成不全等様々な問題を生じさせます。当研究室では、器官形成において
中心的なホルモンの一つである甲状腺ホルモンがどのように胎児、成体の造血巣である肝臓、脾臓、骨髄、
鉄代謝に関わる小腸形成を制御しているのか解明し、内分泌学、動物学、医学の発展に貢献することを目指しています。
A. 甲状腺ホルモンによる造血巣の形成に関する研究
ヒトは出生時に血中甲状腺ホルモン(T3)量が一過性に増加し、多くの臓器が幼生型から成体型へと再構築、成熟します。
しかし、この時期にT3の働きが不足すると、便秘、精神障害、成長遅延、貧血など、様々な問題が起こります。従来の哺乳類を中心とした
動物モデルでは、母体の影響が実験結果に複雑に絡み合い、解析が困難となる問題がありました。当研究室では、ネッタイツメガエルの
変態をモデルとして用いて、本問題の解決に取り組みます。
Xenopusは
母体から独立して発生するだけではなく、オタマジャクシは哺乳類同様に血中T3濃度の一過的な上昇が認められ、変態を引き起こします。
この変態期に様々な組織・器官が成体型へと作り変えられます。この変態を利用することによって、効率的に胎児造血巣である肝臓、
脾臓、成体造血巣である骨髄の形成におけるT3機能を研究します。
(参考)
Tanizaki Y et al. Liver development during Xenopus tropicalis metamorphosis is controlled by
T3-activation of WNT signaling. iScience. 2023
B. 甲状腺ホルモン受容体(TR)における小腸形成に関する分子機序の研究
小腸は鉄を吸収するだけではなく、近年造血幹・前駆細胞の局在が確認されるなど造血とも密接に
関わってくることがわかってきました。小腸は変態を利用した甲状腺ホルモン(T3)による器官形成のモデル器官として
古くから利用されてきた為、膨大な知見が積み重ねられてきました。しかし、T3受容体(TR)がどのようにして
小腸再構築を制御しているかについては限定的な知識にとどまっています。T3は、細胞内のTRと結合することによって、
標的とする細胞内での遺伝子発現を制御します。TRには複数のアイソフォーム(TRα、TRβ)が存在し、
それぞれ異なる細胞や時期に発現しています。本研究ではツメガエルの小腸再構築に伴う鉄吸収、造血機能の獲得にTRα、
TRβがどのように関与するのか研究します。
(参考)
Tanizaki Y et al. Thyroid hormone receptor α controls larval intestinal epithelial cell death by regulating the CDK1 pathway. Commun Biol. 2022
Tanizaki Y et al. Analysis of Thyroid Hormone Receptor α-Knockout Tadpoles Reveals That the Activation of Cell Cycle Program Is Involved in Thyroid Hormone-Induced Larval Epithelial Cell Death and Adult Intestinal Stem Cell Development During Xenopus tropicalis Metamorphosis. Thyroid. 2021
2. 後胚発生期における造血幹・前駆細胞に対するホルモン機能の研究
ホルモンの造血前駆細胞に対する機能については主に成体を対象に研究が進められてきており、胎児期における機能については
限られた知見にとどまっています。造血発生に関わるホルモン制御系は大きく造血前駆細胞に作用する直接的な経路と造血
微小環境等の構築を含めた造血環境を介した間接的な経路が存在します。本研究では直接的な経路に着目し、哺乳類胎児と
同様に肝臓を主な造血巣とするツメガエルオタマジャクシを利用して甲状腺ホルモンや造血ホルモンであるエリスロポエチン
(EPO)、トロンボポエチン(THPO)、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の胎児期造血に対する機能を明らかにすることを
目指しています。
A. 造血前駆細胞における甲状腺ホルモンによるエピジェネティクス制御系の研究
哺乳類において、骨髄内の血球前駆細胞は様々なサイトカインの刺激を受け、増殖、分化、成熟します。
エピジェネティクス制御がこれらの細胞の運命決定に重要な役割を果たすことが分かってきましたが、分子機序の理解に関しては
課題が残されています。当研究室が着目する甲状腺ホルモン(T3)はエピジェネティックな変化を誘導するホルモンとしても
知られています。実際、T3は造血サイトカインと協調的にはたらき、血球増殖、分化を刺激するとの報告がありますが、
その分子機序は分かっていません。本研究ではT3がどのようにして造血前駆細胞のDNAメチル化、ヒストンメチル化・
アセチル化を制御しているのか研究します。
(参考)
Tanizaki Y et al. A Role of Endogenous Histone Acetyltransferase Steroid Hormone Receptor Coactivator 3 in Thyroid Hormone Signaling During Xenopus Intestinal Metamorphosis. Thyroid. 2021
B.後胚発生期の造血における造血サイトカイン機能の研究
造血サイトカインは、造血幹・前駆細胞の増殖、分化、成熟を誘導します。哺乳類の胎児期における
造血巣は肝臓や脾臓ですが、発生が進むにつれて骨髄へと移行します。骨髄内での造血機能が低下すると、肝臓や脾臓での
造血が再度認められるようになることから、造血巣の移行は可逆的であることがわかっています。しかし、柔組織における造血
サイトカインによる造血制御機構に関しては限られた知見に留まっています。本研究では、赤血球産生に必要となるEPO、血小板産生、
造血幹細胞増殖に機能するTHPO、顆粒球系への分化・増殖に機能するG-CSFがどのようにして胎児期における血球産生を制御するのか、
肝臓を主な造血巣とするツメガエルオタマジャクシを利用して研究します。
(参考)
Tanizaki Y et al. Thrombopoietin induces production of nucleated thrombocytes from liver cells in Xenopus laevis. Sci Rep. 2015
3. 造血の環境応答に対するホルモン機能の研究
大まかにストレス要因は物理的、化学的、生物学的、社会・心理的な要因に分類されます。当研究室では、温度変化や
内分泌撹乱物質がホルモン機能に及ぼす影響について研究を計画しています。この環境応答機構を理解することで、
どのようにして造血の恒常性が維持されているのか明らかにしようとしています。
A. ホルモンの温度応答に関する研究
動物は大きく体温が主に代謝によって維持される「内温動物」と一部の熱源を体外に求める「外温動物」
に分類されますが、大半の動物は恒常性を維持する為に熱を必要とします。齧歯類を使った低温暴露実験において、
摂餌量を増加させることで熱を維持させて血球数も正常値であることが分かっています。一方、外温動物であるツメガエル
を低温暴露すると血球数は減少します。このことから動物の種類によって恒常性を維持させるためのメカニズムが異なる
ことが推測されます。本研究では造血を対象にして、動物種に特異的な造血の温度応答制御系について研究していきます。
(参考)
Nagasawa K, Tanizaki Y et al. Thrombopoietin induces production of nucleated thrombocytes from liver cells in Xenopus laevis. Biol Open. 2013
B.甲状腺ホルモンの内分泌撹乱物質に関する研究
2024年現在、世界には約85,000種の人工化学物質があり、そのうち1,000種以上がホルモン機能を
阻害または強化する内分泌攪乱物質の候補分子とされています。先天異常のリスク要因として胎児発生に関連する
内分泌撹乱物質の研究が進められてきましたが、標的となるシグナル伝達機構など、未解明の課題が依然として残されて
います。当研究室では胎児発生、代謝において中心的な機能を担う甲状腺ホルモンに対する撹乱物質の造血に対する
機能に焦点を当て、in vivo研究を中心にこれらの問題を探求していきます。