研究内容
「ミクロ」な観測/制御下の「マクロ」な量子多体系について理論的研究を行ってきました。そこで発現する非平衡物理・輸送現象、また古典系での対応する現象や機械学習などにも幅広く興味を持っております。場の理論・繰り込み群・トポロジーや変分法・ベイズ推定・強化学習などの手法/考え方を扱ってきましたが、方法論にこだわらず、物理を理解するために使えるものは何でも使うスタンスです。
量子測定と相転移・臨界現象
背景:量子系を測定すると、観測者が情報を獲得することの代償として、量子状態が不可逆的に変化します。このような測定に伴う影響を「測定の反作用」と呼びます。測定の影響は、原子や光子などのミクロな自由度の振る舞いを精緻に記述・理解する上で不可欠なため、量子測定の研究は主として量子光学の分野で進展してきました。しかし近年、実験技術の発展により単一量子レベルでの精密測定が、量子多体系においても可能となっています。例えば冷却原子気体や超伝導回路などで、量子多体ダイナミクスを単一量子レベルでミクロに測定・制御することが実現しています。
研究:我々は、量子測定によって引き起こされる量子多体現象について理論的研究を行っています。特に、量子多体系におけるエンタングルメントに着目し、量子状態の相転移や臨界性・トポロジカル物性を、場の理論やくりこみ群の手法を用いることで解析しています。例えば、測定によって引き起こされるエンタングルメントのスケーリング則の変化(測定誘起相転移)が生じることを見出しました。また、量子テレポーテーションで用いられる操作を臨界状態に作用させた時に、エンタングルメントが普遍性を示すことを、共形場理論に基づく理論解析により明らかにしました。
[測定誘起相転移] PRB 2020, PRB 2024, PRB 2024, arXiv 2024
[測定下の量子臨界状態] PRA 2016, Nat. Commun. 2017, arXiv 2024
[講義ノート] 夏学2024
非平衡開放系の物理
背景:量子系を観測し情報が得られる場合、その代償としてハイゼンベルクの不確定性関係に起因する測定の反作用が量子ダイナミクスに本質的な影響を及ぼします。従来このような振る舞いは少数自由度の量子系について研究されてきましたが、近年の冷却原子系などの実験技術の発展により、量子多体ダイナミクスを1原子レベルでミクロに観測/制御する事が実現しました。ミクロな運動の詳細は観測/制御できないという仮定のもとに成立してきた従来の多体系の枠組みは、このような状況では破綻し、異なる一般原理に基づいた基礎理論が必要となります。
研究:我々は、単一原子レベルのミクロな観測下の量子多体物理を探究し「非平衡開放系」という、統計・物性物理の新たなフロンティアを開拓することを目指し研究を行いました。特に、量子多体系の顕著で基礎的側面である、量子臨界性、トポロジー、非平衡ダイナミクスに着目し、測定の反作用により従来のユニタリ系に類のない新奇な物理現象・機構が生じることを明らかにしました。さらに開放系のうち特に非エルミート系に着目することで、その位相幾何的側面や情報の流れ、およびそれらの物理的意義も明らかにしました。
[非ユニタリ量子多体系]
PRA 2016,
Nat. Commun. 2017,
PRL 2018,
PRA 2017,
PRL 2018,
PRB 2020,
PRB 2020,
PRL 2020,
PTEP 2020,
PRR 2020
[非エルミート開放系]
PRX 2018,
PRB 2018,
Nat. Commun. 2019,
PRL 2018,
PRL 2019,
Nat. Commun. 2020,
PRR 2022,
PRB 2022,
PRR 2023,
PRL 2023
[概説論文]
Adv. Phys. 2021,
arXiv 2024
[講義ノート]
集中講義(京大) 2023
量子光による量子多体系の制御
背景:近年、外部自由度との相互作用を用いて量子多体系を制御する可能性が盛んに研究されています。特に、古典光を周期外場として物質を励起し、その過渡的な物性変化を探るフロケ制御の可能性は既によく調べられてきました。一方で「量子性を有した光」による量子多体系制御の可能性については多くが未開拓です。伝統的には、このような量子光-物質相互作用は人工量子ビットなど少数自由度の系を中心に研究されてきましたが、最近の実験技術の発展により固体などの多体系でも量子光-物質強結合が実現しつつあります。
研究:我々は、量子多体系と量子電磁場環境を強く相互作用させることで、物質相の制御が可能となることを理論的に指摘しました。特に、これまでの研究が光-物質相互作用の強結合領域で正当化困難な仮定のもとになされてきたのに対し、本研究では曖昧さの残る近似や仮定に頼らず、光誘起-超放射相転移、トポロジカル相転移、量子散逸相転移などの存在を初めて明確に示しました。特に光と物質の量子もつれを漸近的に解く新しいユニタリ変換を発見し、相互作用の強さに依らず適用可能な非摂動的枠組みを構築しました。
[量子光誘起相転移/多体現象]
PRX 2020,
PRL 2022,
PRB 2023,
PRL 2023, PRB 2024,
PRB 2024
[量子電磁力学の非摂動的枠組み]
PRL 2021,
PRR 2022,
PRA 2023
環境と強く結合した開放量子系の非平衡強相関現象
背景:量子多体系の単一原子レベルのミクロな制御技術の実現により、環境と単一量子スピン/粒子が強く相互作用した人工量子系の研究が可能となりました。このような物理系では(上述のクラスの開放系とは異なり)ダイナミクスが本質的に非マルコフとなるため、環境の自由度まで陽に含めた理論的記述が必要となります。これら環境と強く相関した開放量子系の研究は、これまで固体物理などでも盛んに行われてきました。特に平衡状態の性質は近藤状態やLandauとPekarのポーラロンなどの概念を基礎にした理解が概ね確立しております。しかし非平衡領域に関しては、量子気体系の実験研究が目覚ましく進んでいる一方で、理論的な理解はその解析の困難さ故に未解明な問題が多く残されております。
研究:我々は、局在スピンと環境自由度の間の量子もつれを解く新しい正準変換を発見し、量子情報分野で知られたガウシアン多体状態と組み合わせることで、一般の量子不純物系に適用可能な非摂動手法を開発しました。近藤模型で最先端の計算手法(MPS)と比較し、2-3桁少ない変分パラメータでMPSと同等の精度が平衡領域で達成されました。さらに、他の現存する理論手法では解析困難な挑戦的課題への応用も行いました。非等方近藤問題の非平衡ダイナミクスの解析では、くりこみ群の非単調性に起因した長時間のクロスオーバー現象を発見し、これを冷却原子で実験的に検証するための提案も行いました。Rydberg気体で実現している長距離相互作用を持つ非平衡近藤問題の解析にも応用し、従来の不純物系では知られていない新奇な非平衡強相関現象が生じることを明らかにしました。一方で、強結合領域の磁気ポーラロンにおいて、多体束縛状態の形成に伴う新奇な非平衡ダイナミクスを発見しました。
[平衡・非平衡量子不純物系の非摂動手法]
PRL 2018,
PRB 2018,
PRB 2018
[磁気ポーラロンの非平衡強相関現象]
PRB 2018
[Rydberg 近藤-central spin problem]
PRL 2019,
PRA 2019
(以前の研究に関する説明は
こちら)