研究内容

「ミクロ」な観測/制御下の「マクロ」な量子多体系について理論的研究を行ってきました。そこで発現する非平衡物理・輸送現象、また古典系での対応する現象や機械学習などにも幅広く興味を持っております。場の理論・繰り込み群・トポロジーや変分法・ベイズ推定・強化学習などの手法/考え方を扱ってきましたが、方法論にこだわらず、物理を理解するために使えるものは何でも使うスタンスです。

量子光による量子多体系の制御
背景:近年、外部自由度との相互作用を用いて量子多体系を制御する可能性が盛んに研究されています。特に、古典光を周期外場として物質を励起し、その過渡的な物性変化を探るフロケ制御の可能性は既によく調べられてきました。一方で「量子性を有した光」による量子多体系制御の可能性については多くが未開拓です。伝統的には、このような量子光-物質相互作用は人工量子ビットなど少数自由度の系を中心に研究されてきましたが、最近の実験技術の発展により固体などの多体系でも量子光-物質強結合が実現しつつあります。

研究:我々は、量子多体系と量子電磁場環境を強く相互作用させることで、物質相の制御が可能となることを理論的に指摘しました。特に、これまでの研究が光-物質相互作用の強結合領域で正当化困難な仮定のもとになされてきたのに対し、本研究では曖昧さの残る近似や仮定に頼らず、光誘起-超放射相転移、トポロジカル相転移、量子散逸相転移などの存在を初めて明確に示しました。特に光と物質の量子もつれを漸近的に解く新しいユニタリ変換を発見し、相互作用の強さに依らず適用可能な非摂動的枠組みを構築しました。

[量子光誘起相転移] PRX 2020, PRL 2022, arXiv 2022, arXiv 2023, arXiv 2023
[量子電磁力学の非摂動的枠組み] PRL 2021, PRR 2022, arXiv 2022



非平衡開放系の物理
背景:量子系を観測し情報が得られる場合、その代償としてハイゼンベルクの不確定性関係に起因する測定の反作用が量子ダイナミクスに本質的な影響を及ぼします。従来このような振る舞いは少数自由度の量子系について研究されてきましたが、近年の冷却原子系などの実験技術の発展により、量子多体ダイナミクスを1原子レベルでミクロに観測/制御する事が実現しました。ミクロな運動の詳細は観測/制御できないという仮定のもとに成立してきた従来の多体系の枠組みは、このような状況では破綻し、異なる一般原理に基づいた基礎理論が必要となります。

研究:我々は、単一原子レベルのミクロな観測下の量子多体物理を探究し「非平衡開放系」という、統計・物性物理の新たなフロンティアを開拓することを目指し研究を行いました。特に、量子多体系の顕著で基礎的側面である、量子臨界性、トポロジー、非平衡ダイナミクスに着目し、測定の反作用により従来のユニタリ系に類のない新奇な物理現象・機構が生じることを明らかにしました。さらに開放系のうち特に非エルミート系に着目することで、その位相幾何的側面や情報の流れ、およびそれらの物理的意義も明らかにしました。

[非ユニタリ量子多体系] Nat. Commun. 2017, PRA 2016, PRL 2018, PRA 2017, PRL 2018, PRB 2020, PRB 2020, PRL 2020, PTEP 2020, PRR 2020
[非エルミート開放系] PRX 2018, PRB 2018, Nat. Commun. 2019, PRL 2018, PRL 2019, Nat. Commun. 2020, PRR 2022, PRB 2022, arXiv 2023, arXiv 2023
[概説論文] Adv. Phys. 2021

環境と強く結合した開放量子系の非平衡強相関現象
背景:量子多体系の単一原子レベルのミクロな制御技術の実現により、環境と単一量子スピン/粒子が強く相互作用した人工量子系の研究が可能となりました。このような物理系では(上述のクラスの開放系とは異なり)ダイナミクスが本質的に非マルコフとなるため、環境の自由度まで陽に含めた理論的記述が必要となります。これら環境と強く相関した開放量子系の研究は、これまで固体物理などでも盛んに行われてきました。特に平衡状態の性質は近藤状態やLandauとPekarのポーラロンなどの概念を基礎にした理解が概ね確立しております。しかし非平衡領域に関しては、量子気体系の実験研究が目覚ましく進んでいる一方で、理論的な理解はその解析の困難さ故に未解明な問題が多く残されております。

研究:我々は、局在スピンと環境自由度の間の量子もつれを解く新しい正準変換を発見し、量子情報分野で知られたガウシアン多体状態と組み合わせることで、一般の量子不純物系に適用可能な非摂動手法を開発しました。近藤模型で最先端の計算手法(MPS)と比較し、2-3桁少ない変分パラメータでMPSと同等の精度が平衡領域で達成されました。さらに、他の現存する理論手法では解析困難な挑戦的課題への応用も行いました。非等方近藤問題の非平衡ダイナミクスの解析では、くりこみ群の非単調性に起因した長時間のクロスオーバー現象を発見し、これを冷却原子で実験的に検証するための提案も行いました。Rydberg気体で実現している長距離相互作用を持つ非平衡近藤問題の解析にも応用し、従来の不純物系では知られていない新奇な非平衡強相関現象が生じることを明らかにしました。一方で、強結合領域の磁気ポーラロンにおいて、多体束縛状態の形成に伴う新奇な非平衡ダイナミクスを発見しました。

[平衡・非平衡量子不純物系の非摂動手法] PRL 2018, PRB 2018, PRB 2018
[磁気ポーラロンの非平衡強相関現象] PRB 2018
[Rydberg 近藤-central spin problem] PRL 2019, PRA 2019


機械学習の非平衡開放系や実験系への応用
背景:温度が異なる二つの熱浴と接した非平衡開放系では、非ゼロな熱流が定常状態で存在します。特にナノ熱電材料はこの定常熱流を電気的仕事に変換する熱機関とみなせます。電子間相互作用を考えない場合は、最適な熱電材料の条件がLandauer理論などにより見出されていた一方、相互作用がある場合は探索空間の膨大さ故にその熱力学的な限界に対して明確な答えは得られておりませんでした。

研究:我々は、差分進化と呼ばれる大域的探索アルゴリズムを応用し、相互作用により量子ドットなどナノ熱電材料の性能指数と出力因子が数桁改善する可能性を指摘しました。これと共に他のナノ熱機関にも適用可能な汎用性の高い強化学習の枠組みを構築しました。また強化学習の代表的課題である倒立振子(CartPole)を、観測下の開放量子系に拡張し最先端の深層強化学習のための新たな挑戦的ベンチマーク課題として提案しました。さらにガウス過程回帰による量子センサの性能向上を実現しました。

[差分進化, ガウス過程回帰] Commun. Phys. 2021, Sci. Rep. 2022
[深層強化学習] PRL 2020, PRApp 2022

回折限界を超えた位置測定:量子気体から生体分子まで
背景:物理法則で決まる原理的限界により光の波長よりも小さい対象物は見えないと考えられてきました。この位置分解能の限界ー回折限界ーはおよそ光が関係するあらゆる分野における長年の課題でありました。特に、近年冷却原子系で実現した量子気体顕微鏡においては回折限界が要求する高い信号雑音比のために測定が破壊的になってしまうという制約がありました。また、2014年のノーベル化学賞の対象にもなった生命科学における超解像度蛍光顕微鏡においては膨大な撮像回数が必要となってしまうために時間分解能が大きな制約でした。

研究:我々は、回折限界を超えた分解能で原子や分子の位置を測定するための理論的枠組みと計算手法を確立しました。特に、光格子系において量子測定理論を用いて多体波動関数の収縮を追跡することで、原子位置が高フィデリティーで決定できることを示しました。これにより少数光子・非共鳴散乱光を用いた非破壊なシングルサイト測定が行える可能性を指摘しました。さらに、理論を古典系にも拡張し超解像蛍光顕微鏡に応用することで、時間分解能の理論限界を達成できる解析手法を構築する事に成功しました。

[光格子系の超解像非破壊測定] PRL 2015
[連続空間上の超解像測定手法] Opt. Lett. 2016


非平衡統計力学 (古典系及び量子開放系)
背景:熱平衡状態にあるマクロな物理系は従来の熱・統計力学により精緻に記述されます。一方で、平衡から遠く離れた物理系の基礎理論を模索する試みは物理学における長年の課題でした。近年、Jarzynski等式やゆらぎの定理と呼ばれる非平衡等式の発見に端を発して、微小な非平衡系における統計力学が古典・量子系双方において活発に研究されています。特に、測定やフィードバック制御を非平衡統計力学の枠組みに取り入れた"情報熱力学"と呼ばれる分野が近年確立されつつあります。

研究:ゆらぎの定理を誤差の無い理想的なフィードバック制御を行った場合にも拡張する事で、フィードバック制御で取り出せる仕事の達成可能な上限を導きました。また、量子開放系において非平衡統計力学の枠組みを構築することで、量子測定とフィードバック制御を行った場合に一般化されたゆらぎの定理が成立する事を示しました。

[古典系] PRE 2014, PRE 2021
[量子開放系] PRA 2016