物質が材料として機能するとき、界面(インターフェース)を通じて何らかのかたちで他の物質と相互作用します。界面が材料全体に対して占める割合は基本的には小さいですが、材料物性・機能には大きな影響があります。界面現象が深く関わる場は多岐にわたっており、親水性・疎水性表面、種々の材料や合成の足場となる電極表面が代表的な例としてあげられます。より小さいスケールである分子の世界であっても、例えばタンパク質のような生体分子間の認識や触媒反応においても分子界面の果たす役割は大変大きいです。当研究室では物質界面にアプローチする新しい分子をボトムアップ的にデザイン・合成することで、新しい機能性材料や物質合成法の開発に繋げることを目標としています。さらに、外場を使って界面現象を人為的に制御することで生体分子のように構造や機能をダイナミックに変化させる動的な材料を開発することにも取り組んでいきます。ナノテクノロジーの進歩に伴って材料そのものがダウンサイジングすることで物質全体に占める表面の役割が増えて来ており、分子レベルにまで及ぶ界面の制御が重要性は今後ますます大きくなってきます。私達は有機合成化学・高分子化学を基盤として基礎科学から応用までを俯瞰しつつこの課題に挑戦していきます。
内側がテフロンの様にフッ素で覆われた内径~1 nmのチューブが超高速で水を通すにもかかわらず、塩を通さないことを発見しました。フッ素が水のクラスター構造を崩壊させる事で超高速水透過を実現し、フッ素で覆われた壁がもたらす負に帯電したチャネル構造が塩化物イオンを排除することでこの効果が実現しています。これまでの脱塩膜の性能を圧倒的に凌駕する次世代水処理膜への応用が期待できます。
Science 2022, 376, 738–743. [DOI: 10.1126/science.abd0966]
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環状にπ電子が共役した骨格はπ電子の数によって安定性が異なり、それはHückel則として知られています。即ち、4n+2個のπ電子を有するときは「芳香族性」が発現し安定化するが、4n個のπ電子を有するときは「反芳香族性」が発現し不安定化するというものです。一方で光励起状態においても「芳香族性」が発現することが知られておりBaird則としてまとめられています。それは、π電子が4n個の時に芳香族となり4n+2個の時に反芳香族となるという、Hückel則とは逆のルールになっています。芳香族性性の発現は分子の安定化に大きく寄与します。基底状態の安定化効果はこれまで種々の方法で調べられてきましたが、励起状態で安定化効果を調べることは容易ではありません。それは寿命がピコ秒~マイクロ秒と極めて短いためです。我々はチオフェンが縮環したシクロオクタテトラエンの環反転の活性化エネルギーを基底状態と光励起状態で比較することで初めて実験的にその効果を明らかとしました。この分子をモチーフとして、世界初のヘテロキラル超分子ポリマーや、光で一時停止できる初めての重合反応を開発しています。
励起状態芳香族性の安定化効果の実証
Nature Commun. 2017, 8, 346. [DOI: 10.1038/s41467-017-00382-1]
世界初のヘテロキラル超分子ポリマー
J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 5121–5126. [DOI: 10.1021/jacs.1c00823]
光で一時停止できる超分子重合
J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 7080–7084. [DOI: 10.1021/jacs.2c02176]
タンパク質などの生体分子表面では様々な分子との相互作用が動的に起きており、外場からの刺激を受けて制御されています。我々は電極表面上に自己組織化単分子膜(SAM)を形成し、溶液中のゲスト分子とのイオン結合を電極電位によって制御することに成功しました。その過程で、電極表面の露出を防ぐために導入してあった疎水的なアルキル表面とイオン結合の距離が短ければ短いほどその強さが増していくことを発見しました。これは1953年にShellmanによって発表された理論予想を初めて実証したものです。この研究を起点に疎水表面上の分子運動の異常性や、化学環境の特異性を利用した研究を展開しています。
電場応答性自己組織化単分子膜と疎水表面上でのイオン結合の増強
Science 2015, 348, 555–559. [DOI: 10.1126/science.aaa7532]
疎水表面上での分子運動の異常性
Chem. Asian. J. 2020, 15, 3321–3325. [DOI: 10.1002/asia.202000742]
棒状分子は互いに平行に並びたがり、ディスク状分子は互いに面を合わせて重なりたがります。そのため一般に両者は溶媒なしに混合しません。我々はディスク状分子の末端に棒状分子の骨格を導入した新しい分子を設計・合成することで、棒状分子とディスク状分子が分子レベルで混合したハイブリッドカラムナー液晶を得る事に成功しました。この液晶は直流電場にはカラム軸を平行に、交流電場に対してはカラム軸を垂直に配向させるという、カラムナー液晶としては初めての二周波応答性を示します。また、光応答性分子を用いることで電場と光に応答する初めての書き換え可能な液晶性ANDロジックゲートや電場と磁場両方に応答するカラムナー液晶を得ています。また、ディスク状分子が形成するらせん超分子ポリマーのキラリティーが棒状分子のらせん配列を誘起したり、逆にキラル棒状分子がアキラルな超分子ポリマーに対して異常キラル増幅現象を起こすことを見いだしています。
ハイブリッドカラムナー液晶とANDロジックゲート
Science 2019, 363, 161–165. [DOI: 10.1126/science.aan1019]
電場と磁場両方に応答するハイブリッドカラムナー液晶
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 10033–10038. [DOI: 10.1021/jacs.9b03961]
キラル棒状分子かららせん超分子ポリマーへの異常キラル増幅現象
Chem. Asian. J. 2022, e202200223. [DOI: 10.1002/asia.202200223]
親水性モノマーと疎水性モノマーの液晶中での超分子共重合
Chem. Sci. 2024. 15, 4068-4074. [DOI: 10.1039/d3sc06341k]
コレステリック液晶は内部にらせん構造を有しており、そのピッチに応じた波長の光を選択的に反射します(構造色)。我々はコレステリック液晶の構造色を電場を使って変化させることに成功し、2つの新しい反射型ディスプレイを考案・実現しました。一つは反射色の書き込み及び書き換えが可能なデバイスで、もう一つは酸化還元反応を利用した、乾電池1本で高速駆動可能なディスプレイデバイスです。鍵はらせん構造を生み出すキラルドーパントにイオン性を付与した分子設計にあります。従来、イオン性化合物は液晶の機能を低下させてしまうとされてきました。しかしながら我々は、化学的な原理から考え直すことで、液晶中のイオンを機能物質として活かせることができる事を示しました。一つ目の研究では、時間はかかるがメモリー性があり、二つ目の研究では高速で駆動するがメモリー性がありません。両者の”いいとこ取り”ができるとフルカラー電子ペーパーにつながる事になります。
反射色の書込及び書換が可能なコレステリックディスプレイ
Adv. Mater. 2016, 28, 4077–4083. [DOI: 10.1002/adma.201600258]
反射色の高速変換が可能なコレステリックディスプレイ
J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 10946–10949. [DOI: 10.1021/jacs.8b06323]
ビデオジャーナルによるデバイスの作成動画
J. Vis. Exp. 2019, 144, e59244. [DOI: 10.3791/59244]