東京大学工学系研究科機械工学専攻 金子・山﨑研究室

東京大学におけるPBL教育の一事例 (An example of PBL program in the University of Tokyo)

  1. 1.まえがき
  2. 2.学部3年生対象のPBL(2)
  3. 3.学部4年生対象のPBL
  4. 4.修士1年生対象PBL
  5. 5.学生および教官からの評価
  6. 6.今後のPBL教育活動に向けて
  7. 7.参考文献

 

1.まえがき

現代の工学教育の問題点は、次のように整理する事が出来よう。すなわち、工学がカバーする分野が広がった結果として履修科目数が増加し、予測することの重要性が高まったためにコンピュータを使いこなすことの必要性が求められ、グローバリゼーションの進展と共に英語を読みこなし、英語で執筆し、発表することの重要性が高まった。また、他人との協調作業におけるリーダーシップも以前より強く求められてきている。しかしながら、一方では、人工的環境をブラックボックスとして批判することなく享受し、その背後にある科学技術という深い体系に思いをはせない学生が増えていることから、バーチャル世界とリアルワールドとの違いに気づかせる教育が求められている。また、携帯電話などの個人通信手段の発達によって他人と対面した時にお互いの思考を刺激するような会話ができない学生が発生しており、そこには思考能力減退の兆候が見うけられる。このような実態を緩和し、改善させる方策は、現実の問題を通じて事例に潜む技術的背景や技術倫理を学習させ、共同作業の形態を理解させることである。

伝統的な工学教育の目的は、いわばハウツー を教えることであり、既に有る知識をどう応用するか、どのように問題に対して適用し問題解決するかに主眼が置かれている。今後は、何を作るかという創造的な作業に向けて、体験学習を通じて問題設定能力を高める方向に進もうとしている。このような流れは、米国、北欧を中心に導入されているPBL教育(図1)の中に見ることができる。PBLとは、プロジェクトまたはプロプレムベーストラーニング(日本語では問題設定解決型学習法)のことで、従来の教育手法が、知識伝達に重点を置き、問題解決手法を身につける態度をとっているのに対し、この方法では、実際の問題や実社会で発生している問題にグループで取り組むことで問題設定能力を涵養する点に重点が置かれている。(1)2000年9月に第2回PBL教育国際会議がスウェーデンのリンシエッピング大学で開催された。日本からの唯一の参加者であった筆者の一人は、カナダのマックマスター大学で医学生を対象に始まったこの教育法が、医学、看護学、工学、ソフトウェア工学、数学を始め様々な分野に取り入れられていることを知った。

PBL教育で強調されているものは、学生主導で問題を考え設定する態度、すなわち、ものをどう考えるかということを学習する能動的態度である。また、個人のスキルアップとチームワーク作業を通じての体験が重要視されている。本稿では、学部3年生、学部4年生、大学院修士1年生を対象に試行したPBL教育活動について紹介してみたい。

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図1 PBL教育プログラムの流れ

 

 

 

2.学部3年生対象のPBL(2)

冬学期の学部3年生向けの機械工学ゼミナールは小人数教育を通じて機械工学の理解を深めるために開講されている科目で、ゼミに積極的に参加することにより、自分自身を発見する契機を与えることを目的としている。
この目的を達成する方式として、PBL方式を試行した。学部3年生を対象とするテーマ設定としては、対象が明確で身近にある家庭電化製品が適当と判断し、前年度に受託研究員が研究を行っていた家庭用全自動洗濯機の騒音低減化を対象に選んだ。

教官側は、学部3年生向けの問題設定の仕方、学部3年生の持っているスキルで出来る作業範囲の見極め、限られた日数で実行可能なプログラムの立案等教育プログラムのフィージビリティスタディに関心を持ってPBLに取り組み、活動期間を準備段階、スキルアップ段階、実施段階、まとめ段階に分けて実施した。スキルアップ段階は、会社見学とリエゾン(大学と会社を繋げる役割を担う会社関係者)による講義(図2)から始まった。

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図2 リエゾンによる講義

 

 

 

まず、洗濯機の歴史と技術の現状を学び、問題点の認識をおこなった。次に、問題設定に関する検討を行い、テーマを設定した。続いて、学生は、テーマに関係した洗濯機の規格や騒音測定に関する資料を読み、目的を持った勉強を行った。また、提供された洗濯機を実際に運転し、振動騒音の測定(図3)を行うことによって、問題点を明確にしていった。

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図3 洗濯機の振動騒音測定

 

 

 

 

実施段階では、実験室内で作業空間を確保し、洗濯機の分解作業を行い、規格の確認やモデル化に必要な重量測定等を行った。その後、作業日程の確認と、役割 分担を決定し、実験グループと部品改良グループの2チームに参加学生4名を分けた。続いて、各グループの分担に合せて、必要な資料の配布を行い、勉強会を 開き、毎週行われるミィーティングでは、実験グループは測定データの説明を行い、部品改良グループは部品の寸法測定、性能試験結果に関する報告を行った。 まとめ段階では、データの整理、図面の整理等を行った。幾つか自分達の提案を取り込んだ改造品について振動騒音測定を行ったが、ゼミナール実施期間中には 騒音低減を可能とするサスペンションダンパーのプロトタイプを試作することはできなかったが、次年度の卒論でネオジウム磁石を使ったサスペンションダン パーを開発する事に成功し、目的を達成することができた。(図4)

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図4 磁気サスペンションダンパー

3.学部4年生対象のPBL

3.1 マイクロガスタービンプロジェクト(3,4)

このプロジェクトは、学部4年生対象で、卒論に替わるものとして取り上げた。協力して戴いたのは、ガス会社、ガス工事会社、タービン製作会社、等々である。様々な業種からなる外部協力メンバーと学生、教官とでチームを作り共同で作業を行うことは、学術的、技術的内容を深めることが可能であるという利点だけでなく、スケジュール管理、情報伝達の重要性を学生に認識させる効果もある。また、プロジェクトを完成させたときの達成感の共有という従来の卒論では得られないすばらしい果実が付随していることは言うまでもない。

現在のテーマは小型分散エネルギーシステムの中核をなすマイクロガスタービンである。マイクロガスタービンは、電力の規制緩和によって小型分散電源が導入されつつあるという時代の流れを受けて国内でも欧米で作られたものが出回るようになってきている。また、移動用ロボットや小型モバイル機器用電源の可能性が模索されており、更なる小型化の可能性への探求が関心を集めている機器である。現時点では、マイクロガスタービンは海外で生産された製品が入手できるものの28KW級以上の大きさを持つものが大半で、都市ガス焚きの小型のもので国産のものは販売されていない。また、国内では最近米国製のマイクロガスタービンを中核に据えた小型設備が導入され始めたところであるが、実際に建物の中で使用された実績が少なく、導入後発生する問題も出尽くしてはいない状況にある。そこで、このプロジェクトでは、都市ガスを燃料とする発電用小型ガスタービンを自主開発することによって、マイクロガスタービンの構造や運転制御方法について知見を得ると共に将来重要となると考えられるIT技術との連携によるエネルギーマネジメントの可能性を探ることを目的としてプロジェクトを開始した。

これまでに5KW級の小型ガスタービン(図5)を自作し、都市ガスを燃焼させて安定に電気出力を得るためのシステムを構築している。

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図5 5KW級マイクロガスタービン

 

 

 

目下のところ、インターロック(保護装置)、制御、計測システム、遠隔監視システムの作成、ガス供給配管で発生する恐れのある圧力脈動の解消法などについて研究を行っている。このプロジェクトの特徴は、学生が持ち合わせていない知識や情報を教官やリエゾンが提供することで、協力体制を作ってシステムを作り上げることにある。すなわち、学生の自主的活動を教官だけでなくリエゾンも支えるのである。このような連携を可能とする環境は、インターネットやメール、宅配便、レンタル事業の発達によって実現可能となった。特に、メールは各人の都合に拘束される事なく、また、時間や距離に縛られることなく、情報収集やディスカッションが行えるメリットが大きい。

3.2 プロジェクト内容の詳細

本研究プロジェクトは、一昨年度東大工学部内に設置された「超小型分散エネルギーシステムラボラトリー」の活動の一部として進められている。当該ラボでは、マイクロガスタービンや燃料電池を基幹装置とし、エンドユーザーで多目的・多モードのエネルギー変換・利用を行う超小型分散エネルギーシステムを対象に、小型化、高効率化、システム化のための基礎研究を行っている。一昨年度末に、マイクロガスタービンが運転可能な環境整備を行い、PBLの開始に備えた。さらに、都市ガスでマイクロガスタービンを運転するために、ジェット燃料焚模型用エンジンを、都市ガス焚きに改造した。このような準備を経て、電気出力5KW級のマイクロガスタービンを既成部品の組み合わせで製作し、都市ガスを燃料として運転する際に発生する種々の問題点の洗い出しおよびその対策法の検討と、状態監視・制御システムの構築という2つのテーマを掲げてマイクロガスタービンPBLプログラムの第1期目に取り組んだ。以下では、インフラ整備の状況とプロジェクトの概要を現在の進捗状況を交えて説明する。

3.3 インフラ整備

平成11年に完成した工学部2号館改修工事の後、地下1階の一室にPBL室と言うべき部屋が完成した。その中に、マイクロガスタービンを安全に運転することが可能なインフラストラクチャーを設置した。図6に、全体構成を示す。この設備は、マイクロガスタービン動力試験装置を中心とし、マイクロガスタービンに都市ガスを供給するためのガスコンプレッサー、軸受に潤滑油を供給するための潤滑油制御系、マイクロガスタービン起動用のエアコンプレッサーとこれらの機器を収納するためのテストセルから構成されている。

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図6 インフラ全体構成

 

 

 

また、図7には、マイクロガスタービン動力試験装置の詳細図を示す。

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図7 マイクロガスタービン動力試験装置

 

 

中心となる5KW級マイクロガスタービンは、2軸のガスタービンである。ガスジェネレーターは燃焼器付きターボチャージャーを、パワータービンにはターボチャージャーのタービン側を転用して使用している。ガスジェネレーターとパワータービンの回転数は、それぞれ毎分9~12万回転、6万回転である。パワータービンは、減速比20:1の減速歯車を介して負荷制御装置に繋がれている。起動時は、圧縮空気を送りタービンの回転数が一定回転以上になった段階で燃料に着火する。燃料は都市ガス13Aで、外部低圧配管によって供給されたガスをガスコンプレッサによって昇圧している。なお、このガスジェネレーターはソフィアプレシジョン製の模型用ジェットエンジンJ850をガス仕様に改造したものである。このマイクロガスタービン動力試験装置は、防爆構造のマイクロガスタービンテストセルの中に設置されており、この中で機器の冷却と排気ガスの希釈を行っている。さらにこのテストセルは、マイクロガスタービンテストモジュールと名づけた防音室に収納されている。

3.4 ガス供給系で発生する圧力脈動対策法の検討(5)

都市ガスでマイクロガスタービンを駆動する場合には、低圧ガス配管を通して供給される圧力200mmAqのガス(13A)をガスコンプレッサーで加圧し、3~4気圧まで高める必要がある。レシプロ式コンプレッサーを利用した場合には、コンプレッサーが発生源となってガス供給系統に圧力脈動が発生し、ガスメーターやバルブに悪影響を及ぼす可能性がある。現在、この脈動現象の予測と解消を目的とした研究を行っている。具体的には、東大工学部2号館内部のガス供給配管系(図8)を対象とし、ガスコンプレッサーを運転した場合にガス供給配管内に発生する圧力脈動現象(図9)を実測するとともに、その脈動を解消する方法を見出すための研究を行っている。

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図8 ガス供給配管系概要図

 

 

 

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図9 脈動測定波形例

 

 

 

3.5 状態監視・制御システムの構築

(6) 試作したマイクロガスタービンを安全に運転するためには、保護装置が必要である。保護装置を開発する前段階として、状態監視・制御システムの開発を行い、マイクロガスタービンに設置された24個のセンサーからの出力をパソコンに取り込み、得られたデータの表示・ファイルへの保存などが可能な環境が出来上がっている。図10には、システム概要図を、図11には、マイクロガスタービン運転時のパソコン画面を示す。パソコン画面上の中央のウィンドウに各センサーのデータが表示され、右端の2つのウィンドウでユーザーが入力を行えるようになっている。

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図10 計測運転システム概要図

 

 

 

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図11 状態監視制御システム画面

 

 

 

その後、このシステムを発展させて、マイクロガスタービンの起動、停止が可能なシステムの開発を行った。図12には、このシステムによって起動させた場合の結果を示し、図13には、設定温度異常に温度上昇が起きたために、このシステムによってインターロック(保護装置)が作動して、システムが安全に停止させられたことを示す結果を示す。

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図12 起動が成功した場合の結果例

 

 

 

3.6 マイクロガスタービンプロジェクトの今後の計画

ここで紹介したマイクロガスタービンを題材としたプロジェクトは、まだ始まったばかりであり、今後は、産業界、教官、学生の連繋をとりながら、学生のイニシアチィブをさらに強めて、PBLの効果を高めたいと考えている。また、対象も制御系設計、超小型マイクロガスタービンの設計と開発、システム化技術、エネルギーマネジメント技術開発へとテーマを広げて、国内では例のない、小型分散エネルギー機器を題材とした産業界と大学との連繋による新しい教育の試みであるPBLを続けて行く予定である。

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図13 保護装置が作動した場合の結果例

 

 

 

 

4.修士1年生対象PBL

4.1 1999年度実施報告

(1)この年の修士1年生は、筆者らの研究室で卒論を終えた気心の知れた仲良し3人組みであった。この3名は、インターネットを通じて当研究室で遠心分離機の振動を研究しているとの情報を得た理化学機器メーカーより依頼のあった「理化学用遠心分離機の異常振動の原因解明とその対策」に取り組んだ。 この問題は、スイングローター型の遠心分離機(図14)において、バケットの固定の仕方によって、振動が発生したり、発生しなくなったりするという現象(図15)に対する統一的見解を導き出すことが目的であった。まず、リエゾン側から、問題となった実機が研究室に持ち込まれ、計測のための改造を行った。次に、安全性確保の立場から、遠隔運転、遠隔監視可能なインフラ整備を行った後、実験データを採取した。その後、データを分析し、振動解析に必要なパラメータを数値として抽出した。さらに、現象を説明するための理論を構築し、これに実機のパラメータを代入して、実機での振動発生条件を求めた。この知見を元に、異常振動の対策を提言した。最後に、これら一連の活動状況と今後の方策を報告書にまとめ、リエゾン側に説明し、プロジェクトを完了した。 作業期間は、約半年であった。学生は、自主的に役割分担を決め、実験装置のセットアップ、測定、理論作り、書記、連絡などの役割を果たした。なお、会社とは、メールやファックスで情報をやり取りするほか、2ヶ月に1回程度の頻度でミィーティングを行った。このような経験は、グループでの作業経験の乏しい学生に各人の役割を認識させて作業を行うという貴重な体験をもたらすとともに、研究室における実験技術の継承にも役立った。

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図14 スイングローター型の遠心分離機

 

 

 

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図15 異常振動の発生状況(実線:異常時、破線:正常時)

 

 

 

4.2 2000年度実施報告

この年の修士1年生は3名で、1名が小生の研究室で卒論を終えた学生、1名が土木工学科を卒業して機械系大学院に入学してきた女学生、残る1名が中国の大学の機械系学科を卒業し、大学院に入学してきた留学生であった。題材は、原子力発電所で使用されている蒸気発生器に用いられている逆U字管で、サポート部と衝突し振動を起こした場合の減衰の測定(図16)と減衰の評価モデルの構築(7)であった。早速、役割分担を決め、アイデア出しと書記・渉外担当、実験装置の設計と実験担当、モデル化と計算担当に分かれ作業が始まった。

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図16 蒸気発生器逆U字管減衰測定実験

 

 

 

 

 

 

特に留学生にとっては、研究室のコンピュータソフトや仕事の進め方に慣れるよい機会となった。この学生は、来日当初は日常生活がようやく足せる程度にしか日本語が話せなかったが、共同作業や打ち合わせを通じて技術用語が使いこなせる程度にまで日本語が上達した。学内の日本語教室だけでは短時間にこのようなレベルにまで到達するのは無理だったかもしれない。一方、モデル化と計算を担当した女学生は、もともと土木工学科の出身であったが、研究内容の精緻さと研究の進め方が土木工学科と機械工学科では違うことに気付くよい機会となった。また、学部時代を筆者らの研究室で過ごしてきた学生にとっても、背景の違う2人の学生と作業をすることによってコミュニケーションの大切さとバックグランドが違うことによる常識の違いを認識する好機となった。ほぼ月に1回の頻度で定期的に行われてきたリエゾンとの打ち合わせでは、学生側から課題設定に至るまでのアプローチ、実験結果や計算結果に関する報告が行われるだけでなく、学生側が行き詰まっている場合には、打開策を発見するために教官やリエゾンが知恵を貸す場面も多々あった。修士論文に本格的に取り組む前にこのようなグループ作業体験やスキルアップ体験を積むことは、留学生や機械系以外の分野から進学してくる学生にとって貴重な機会を与えることとなる。このような視点からもPBLは有効な教育方法であると言える。

5.学生および教官からの評価

以下、学生から提出された感想文をもとに評価について述べたい。

5.1 学部3年生対象のPBL

学生からの感想文を分析した結果、いくつかのことが明らかになった。感想文の内容は、志望動機、自己評価、ゼミナールの企画に対する評価、改善提案という4つの視点で整理した。志望動機を見ると、参加者は新しいゼミの方式の魅力に引き付けられて志望したチャレンジ精神旺盛なメンバーであったことが分かった。自己評価について見てみると、PBLは自己の長所や欠点を再認識するために良い機会となっていることや、自分の欠落した知識やこのPBLによって収得した知識や技術を明確に把握していることが判明した。ある学生は、将来の自分に適していない仕事の内容を認識したと記している。なお、ゼミナールの評価の中には、時間不足のため目的達成まで至らなかった事への不満があった。また、ハッキリした結果の提示が出来ないもどかしさを記述した学生もいた。改善点については時間配分、計画性、テーマ設定等に提案が出ていた。このように、半期毎週1回3時間程度の時間枠でPBLを実施することは困難さが伴うことが分かると共に、学部3年生の段階ではもっとスキルアップに繋がるようなテーマを選ぶべきであることが今後の教訓として残った。前述のように、学部3年生は設定目標を達成せずに時間切れで終了しまい、学生に不満を残す形になったが、学生に自覚が生まれ、自分の実力の見極めが出来た事は、このフログラムの最大の成果であり、今後、受講した学生の動向を注目したいと考えている。

5.2 学部4年生向けのPBL

卒論に替わるものとして1年間を通じて取り組んだが、実際の機械を相手に計測、制御を行なうことは、予定が狂うことも頻繁に発生し、学生、教官、協力企業それぞれに負担をかけることが多々発生した。しかしながら学生の卒論感想文にも記述されているように、相当遣り甲斐のある仕事であったようだ。その内容は多岐にわたり、学生、教官共に多くの経験が出来た。前述のガス供給系の圧力脈動対策では建物内部のガス供給配管の測量から始まった。平面図の読み取り、実測、天井に潜ったり隙間を通してスケールを入れての作業等日頃体験しない事を実行した。このような情報をもとに全体の配管図の立体図面を完成させた時は、研究の最初のステップを完成させたと言う実感が湧き、学生は充実感を味わっていた。この図をもとに圧力センサーの配置を決定し、総延長400m程度の計測ケーブルを接続して測定を行った。また、このようにして得られたデータを配管系に発生する圧力脈動のシミュレーション結果の検証に利用した。

一方、状況監視・制御システムの構築では、ハードシステムを製作し、それを制御するソフトを完成させ、監視データをもとに保護装置を動作させるという、総合システムに挑んだ。全体構成を考え、制御機材を動作させるアンプを含めたハードを製作した。リエゾンのアドバイスを聞き、自分で咀嚼する。そして問題点を追求する。また教官と打合せし、検討を繰り返す。このサイクルが美味く噛み合い今回のプロジェクトの完成に辿り着いた。途中では冒険的な運転を行い、多くのファクターの影響について検討を行なった。この経験は、何よりも学生の財産となり、PBL教育最良の効果を上げたと考えている。今後も企業と協力しながらメカトロニクスのソフトウェアや計測結果評価用のソフトウェアの構築を行なうことは、教育における産学連携の方向としても適当であると思われる。

5.3 修士1年生向けのPBL

学生から提出された感想文や打合せ会での討論を通じて成果を分析した。その結果を整理すると、実際の商品を触っての経験、これまでに培われた手法を実際の製品に適用して問題解決を行う経験、会社との交渉を通じての問題点の発見などが刺激的であったことの他に、製品化されているものを計測することや、改造の難しさを実感したというものや、実験モデル、解析モデル構築の難しさとシンプルモデル構築時にセンスが重要であることに気がついた学生も現れており、教育的効果が高いことが認められた。また、個人での論文執筆とは違って、検討を重ねながらのチーム作業を通じて得た経験は強く印象に残ったようである。以上のような見方は、各人に共通するものであった。

修士1年生向けのPBLについては、途中で二つの問題が発生した。一つは、クライアントとの定期打合せ会の中で、学生側が手際良く問題解決を行ない、積極的に提案をしていく様子を見て、クライアント側が、今回のテーマと直接関係の無い、新しい問題を次々と渉外担当に提出してきた事である。学生たちはその対応について混乱した。もう一つの問題は、クライアントとの連絡方式についてである。最初の打合せでは、メールを使って連絡を取る事になっていたが、クライアント側の計算機環境が悪く、十分機能していない事が判明した。そのため、FAXや電話を利用して連絡したが、これには多くの時間を取られ、通信ログを残すのにも不適当であった。これは企業に対するPBLの説明不足とPBL開始時の合意形成が不充分であった結果と思われる。新しい方式をその意図を含めて正確に相手に伝え、理解してもらった上で、テーマ選択をしなければならないことが教官側の課題として残った。修士については、このような経験が、修士論文に向けてのスキルアップに繋がり、修士論文ではより完成度の高い成果を各自が挙げることが期待できると考えられよう。

6.今後のPBL教育活動に向けて

先の見通しが立て難い時代となり、大学教育のあり方が問われる時代を迎えた。今日的な大学教育の目的のひとつは、技術レベルと業務レベルの難易度が的確に分かり、周りの人に理解させられるいわゆる技術に対する目利きとでも言うべき学生の養成ではなかろうか。この目的のためには、PBL教育の手法が適合していると筆者らは考える。体験・経験不足、コミュニケーション不足の若者世代に問題設定能力を獲得させるための教育プログラムとしてPBLは有効である。特に、グループ作業を通じての作業評価重視の姿勢は、現在強く求められている「評価、選択、配分」のポイントが分かる人を育てるために重要となるであろう。卒論や修論の準備段階の学部3年次や大学院修士1年次に導入すれば、研究者をめざす人には研究に入る前のスキルの獲得、マネージャーをめざす人には、デマンドサイドとサプライサイドの両面からのものの見方が経験できる貴重な機会を与えることになる。また、研究室にとっては研究技法の伝承に役立つとともに現実社会の変化のスピードや複雑性を感じる良い機会となるという副次的メリットももたらす。さらに、ITを活用した外部機関との教育における連携という新しい道も開けそうである。

しかしながら、このプログラムを継続させるためにはインフラ整備も大切であるが、何よりも重要なことは、今日的なテーマをPBLの題材として途絶えないように供給することである。そのためには、企業や学外の研究機関の協力が必須である。また、テーマも再設計、トラブルシューティングから組み合わせ設計、さらに法体系に関連した考察の必要性をも含んだ今日的な複雑な問題に絡むものや分野形成が出来ていない領域の発掘を志向したものである事が望まれる。最後に、筆者らのPBL教育プログラムに協力していただいた関係企業に対して深甚なる感謝の意を表して結びの言葉としたい。

参考文献

1) 平成11年度先導的起業家育成システム実証事業に係わる研究成果報告書、Ⅲ-1(2000)
2) 渡邉辰郎、金子成彦、PBL教育活動事例報告、平成13年度工学・工業教育研究講演会講演論文集、pp.303-306(2001)
3) 金子成彦、マイクロガスタービンを題材としたPBL教育活動、ターボ機械、Vol.29, No.4, p.14(2001)
4) 金子成彦、渡邉辰郎、マイクロガスタービンを題材としたPBLプログラム、平成13年度工学・工業教育研究講演会講演論文集、pp.307-310(2001)
5) 庄田成志、金子成彦、渡邉辰郎、猪俣 仁、マイクロガスタービン供給系統における脈動現象とその対策、第29回ガスタービン定期講演会講演論文集、pp.71-75(20
6) 猪俣 仁、庄田成志、金子成彦、渡邉辰郎、マイクロガスタービン状態監視・制御システムの試作、第29回ガスタービン定期講演会講演論文集、pp.77-82(2001)
7) Risa Kobayashi, Xiaoshosan Wu, Yuichi Ozaki, Shigehiko Kaneko and Tatsuo Watanabe, Impact Damping Estimation of Single U-Bend Tube, Proc.4th Japan-Korea Symposium of Frontiers in vibration Science and Technology, Tokyo, pp.113-114(2001)
8) 金子成彦、PBLを通じての設計教育、日本機械学会関東支部第7期総会講演会講演論文集、pp.1-2(2001)
9) 金子成彦、機械力学教育へのPBLの導入、日本機械学会2001年度年次大会講演資料集、No.01-1, VII,pp.37-38福井(2001)

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