要旨:
進化生物学に残る難題の一つは、個体群レベルで観測される進化プロセスがどのように種間以上のレベルで見られる多様性を生み出すかを理解することである。小進化の枠組みでは野外・実験個体群において高い遺伝的変異と方向性選択がしばしば報告されている。このことから、多くの形質には高い進化能が備わっていると考えられてきた。これとは対照的に、大進化の枠組みでは数百万年かけて生じる進化が現生個体群において数世代のうちに起こる進化と同程度しかないことが化石記録と種間比較の研究から繰り返し指摘されてきた。この小進化と大進化のミスマッチは『停滞のパラドックス』と呼ばれている。停滞のパラドックスを解く仮説の一つが、遺伝的相関によって形質が独立に進化できないというアイデアである。演者はこれまで2つのビッグデータ(ショウジョウバエ科の翅形態:111種
37,668個体、顎口上綱の脳サイズと体サイズ:4,587種
20,213個体)を用いて遺伝的制約の実証研究を行なってきた。セミナーでは、系統樹を用いた種間比較によって得られた遺伝的制約のメカニズムとその進化的帰結に関する知見を紹介する。これらの結果から停滞のパラドックスについて再考したい。