UBI seminar
 日時:2024年8月8日(木) 13:00-14:30
 場所:東京大学本郷キャンパス 理学部1号館 207講義室
 講演者:栗栖実(東北大学)
 タイトル:自己生産する人工細胞系のボトムアップ構築: 化学反応系と膜弾性モデル

要旨: 生命は複雑な化学反応ネットワークにより運営される自己生産系である。この生命という特異的な物質の存在様式が、生きていない単純な分子群からどんな原理に従って出現し得るのか?この問いに迫るための有望なアプローチの1つが、生命の特徴的な振る舞いをシンプルに再現する人工の分子系を作ってみることで理解しようという構成論的アプローチである。 我々はベシクルの形態変化を中心としたソフトマター物理の知識と、酵素反応や重合反応の化学的手法を組み合わせることで、代謝系を持ち成長・分裂できる、単純な人工細胞系をボトムアップに創成してきた。我々のシステムは人工の代謝系やベシクルの変形過程などの各要素が、単純でよく性質のわかっている少数種の分子群と化学反応によって構成される。そのためシステム内で何が起きているか、その全貌が見通しやすい。実際に我々はこれまでに自ら創成した自己生産系の各素過程を追うことで、膜成長や高分子合成のキネティクスを数理モデルで定量的に記述することに成功している。また人工細胞の変形・分裂についても、ベシクルの膜組成が実際の生体膜よりはるかに単純なため、膜弾性モデルによってその変形過程を記述することができる。こうした数理的な記述可能性は物質と生命を繋ぐ原理の探究の上で必要不可欠であり、本研究はボトムアップに生命を議論する上での1つのモデル実験系として有用かもしれない。 また本セミナーでは、この取り組みの副産物として我々が最近発見したベシクルの大量分裂現象についても紹介する。化学反応や機能性分子の力を借りることなく、浸透圧を利用した物理的作用のみによって、1つの親ベシクルから30-300個の子ベシクルが出芽型分裂により次々と生産される。広範な人工細胞研究に自己生産機能をシンプルに搭載するための汎用機構としての応用が期待される。