Abstract:
今年のノーベル化学賞を受賞した分子マシンの開発は、有機合成技術を駆使して
動きや力を発生する分子サイズのマシンを作る技術開発であり,将来的に様々な
分野での応用展開が期待されている.一方で自然界に目を向けると,生物は数十
億年の進化の歴史を経て,既に多種多様な機能を持った分子マシンを手に入れて
いることに気づく.細胞の中で働くタンパク質やリボ核酸などの分子マシンは,
数~数十ナノメートルほどの大きさであり,周囲の分子による激しい熱運動にさ
らされている.この状況においても,これらの分子マシンは細胞内で各々の機能
を正確に果たしており,中でも物質輸送を担う生物分子モーターは,熱運動の嵐
の中でも高い効率で一方向性の運動を行うことができる.この運動機能の原理の
解明を目指して,これまで,分子モーターを分解して重要な部位を同定するなど
の分析的な方法によって精力的に研究が進められてきた.しかし,進化を通じて
多様な機能を獲得してきた既存の生物分子モーターを分析する研究だけでは,個
別の生命活動に適した構造や機能を理解することはできても,一方向性運動の創
出原理に迫ることは難しい.この原理を明らかにするためには,既存の分子モー
ターの分析に加えて,単純な機能を持つ要素を組み上げることによって目的とす
る機能(この場合は運動)を創り出すような,構成的な研究手法が効果的である.
演者は最近,生物分子モーターの一種,ダイニンをベースとして,これに,本来
の微小管と結合するモジュールではなく,アクチン繊維に結合するアクチン結合
モジュールを融合した結果,本来の結合相手ではないアクチン繊維と結合して,
これを一方向に運動させる新しい分子モーターの創出に成功した.このことは,
分子モーターの分子構造の設計が,ある程度の「いい加減さ」を許容することを
示しており,従来考えられてきたよりもシンプルなメカニズムの存在をうかがわ
せる.本講演では,最新の知見から推論した作業仮説を提示し,これに対して実
験・理論の両面からアプローチする方法について議論したい.