微生物が生産する抗生物質は、人類を感染症から救った20世紀最大の発見の一つに数えられています。わが国は戦後まもなく世界有数の抗生物質大国に成長し、マイトマイシンやブレオマイシンなどの抗がん抗生物質を含む100種類以上の日本発の抗生物質が実用化されるという輝かしい歴史を作りました。このような天然由来生理活性物質は、その作用機構研究から新しい創薬標的が解明される点で基礎的にも重要ですが、それらの真の細胞内標的が分子レベルで解明された例は必ずしも多くはありません。なぜなら、100万種類以上のタンパク質、脂質、核酸などの生体成分の中から標的分子を同定する研究は、一般に非常に困難だからです。
そこで現在、私たちは作用機構不明の微生物由来の天然生理活性物質の作用機構を組織的に解明するための基盤構築を目指しています。それが酵母のケミカルゲノミクス研究です。分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)と出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)は単細胞真核微生物ですが、多くの人と共通の遺伝子を持つ一方で、遺伝子破壊や過剰発現などの遺伝学的ツールが揃っています。私たちは、世界に先駆けて分裂酵母の全遺伝子クローニングに成功し、全ての遺伝子の条件的な過剰発現、全タンパク質の細胞内局在の決定を行ってきました(図1)。また、同時に全遺伝子の破壊株ライブラリーなども揃え、化合物の標的遺伝子を網羅的に探索するシステムを構築しています。これら材料を用いて多面的で網羅的な解析を行うことにより、様々な微生物由来生理活性物質の作用機構の解明に挑んでいます(図2)。