ニュース

2006年3月25日

麹菌研究進展のお礼とますますの発展を祈願しに、曼殊院門跡にある菌塚にお参りしてきました。このときお札をいただき、おみくじを引きました。(北本)

以下は、1981年5月16日 菌塚建立時によせられた文章を、菌塚のHP

http://www11.ocn.ne.jp/~kinzuka/index.html)より転載させていただきました。

坂口謹一郎 名誉教授

菌塚の建立をたたえて

 

これのよにゆかしきものはこの君の

四恩のほかの菌恩のおしえ

目にみえぬちいさきいのちいとほしみ

み寺にのこすとわのいしぶみ

菌塚はとわにつたえめこの君の

菌いとほしむたうときみこころ

有馬啓 名誉教授

菌塚建立に寄せて

 

 笠坊さんが菌塚を建立されると云ふ。眼りなく尊い優しいお心と思う。菌塚と云うと、私にはやはり、猫塚とか犬塚とか、針塚とかが思い出される。これは一応死んだものへの、又用をつとめ果したものへの、今度の場合には菌への深い感恩、なつかしみ、又供養のお心を表わされるものであると思う。

 坂口謹一郎先生が、十年位前、日本で国際発酵会議が行なわれたときの会頭講演で、昔のインド人は飲料水を、その中にいる小さい生命を殺すことを好まず、水を火で熱することをせずに、之を布か紙で濾して飲んだと言うことを話され、深く感銘したことがあった。

 昔のインド人は、永年家畜として飼育した牛等を食肉として殺すのに深い罪悪感にさいなまれ、誠に相すまない、牛よ今度は人間に生れて来ておくれ、自分は牛に生れ変るからと心の底から思ったのが、輪廻の思想の源であると云う。水を布で濾すことも、インド文明の持つこの限りなく高い、やさしい気持であると思う。

笠坊さんは永年菌の生産する酵素工業に尽くされ、吾国及び世界の酵素工業に大きな貢献をされた方である。

そして今度、この世の生きものの中で、目にも見えず、一番小さい、一番弱いもので、人間のために用を果し死んで行って呉れたものへの限りなく深い心持をこめて、菌塚を建てられると云う。

 立派な聖職者のもつあの深い優しさ、たとえば、この間来日されたローマ法王が、テレビで九十何才かの車椅子に乗った、その一生を臼本のアリの街で貧民の救済に捧げたゼノ修道士の、唯涙と共にパヽパヽと云うこの老人の頭を何回もなぜられたときのあの深い優しさには、日本人の多くの方々又白分も思わず目頭を熱くしたが、今最も小さく弱くその死なぞ誰もかまって呉れない菌のための菌塚を建てられると云う。かの聖職者の優しさにも比すべきものではないだろうか。

 微生物学の歴史も約二百年位。この間特に最近五十年の進歩は誠に目覚しいものがあった。

 人生は、しばしぱ一つの大きなドラマであり、又大きな劇を見ていることにたとえられる。私のように昭和十七年頃から、東大で坂口謹一郎先生の御膝下に微生物学研究にたずさわって来たものにとっては、この四十年間の世界及び日本の微生物学とその応用、即ち発酵学の進歩発展は、誠にこの上なく劇的なドラマであった。こんな素晴らしく面白いドラマを見て来られた自分は真に辛福幸運であったので、たとへ今直にでも、十二分の深い満足をもって、この劇場を去ることに何の悔も残さないであろう。

 誠に、私共の見ている前で、良菌の発見、その生産物による無数の世界的発明がなされたのであった。

 私共の研究室からも多くの良菌が発見され、之を用いての新発明と呼ぶことを許されるであろうことも多く行なわれた。

 その頃は、白分達の力で之等の発明が出来たのだと多少意気軒昂たる気持になったものであったが、しかし今静かに振り返えって見ると、菌の方では、数十億年も前からその生産物を造っていて、我々が、唯それを発見させていただいたに過ぎないのであったことが良く解る。

 世界的な発見をした人達も、この点については、倣いて反対もしないであらう。

 而も、菌は今でも、数十憶年前からの生々流転、動物、植物よりもはるかに早く、且つ頻繁に変異進化のサイクルを続けていて、今後も永遠に我々微生物学研究者に、人類の福祉に役立つ大きな発見のよろこびとめぐみを与えつづけて行くことは確かであろう。思えば限り無く有難く玄妙不思議である。

 誠に我々凡人は、どんなに聖賢の方々が言って聞かせて下さっても、又無限にして絶妙なる自然が目の前に如何に顕著な現象として見せて呉れても、仏、神の御慈悲は解らず、又決して解ろうともしないのであるが、笠坊さんは菌塚を建てて、日本又は世界の微生物学とその応用にたずさわるものに菌の無限の慈悲を解らせようとして下さっているのではないだろうか。又この笠坊さんの考えていられる自然の慈悲心及び無眼の深さを悟ることこそ、発酵の分野に於て良い仕事をする殆ど唯一のと迄言へる一つの秘訣はあるまいか。

 即ち之からの若い研究者諸君は、徒らに自己の才能の不充分を歎くことなく、無限の自然・菌に頼ってむつかしい創造性に満ちた研究目的を設定して完全としてリスクを犯し、しかも深く安心して、チャレンジしていただき度い。そのようにして絶対に大丈夫なのである。

 菌塚が出来上ったら、全国の大学の発酵方面の研究室で、その写真を一枚ずついただき、それを壁に掲げ、先生方はうら若き学生諸君と、琉珀の酒を盃に滴たし、くみ交しつつ、菌塚のことを楽しく、ロマンに満ちて話し合われたら、又来訪する外人学者にあやしげな英語で説明されたら、どんなに良いだろうなどと考えてしまうのである。