大気中酸素濃度の上昇史とそのメカニズムの解明
地球は,酸素が主成分(約21%)の大気を持っています(図1).このような惑星はほかに知られていません.地球大気も,最初は酸素を含んでいなかったものの,酸素発生型光合成生物が出現した結果,大気や海水に酸素が含まれる「好気的」な環境がもたらされました.生物は,酸素のない「嫌気的」な環境で誕生し,進化してきました.好気的な環境への変化は,それまでの嫌気的な環境に適応していた生物の大絶滅をもたらすような,地球史上最大の環境変動だったと考えられます.
大気中の酸素濃度は,いまから約24.5~20億年前頃に急上昇したことが,地質学的証拠から知られています.それまで,少なくとも現在の十万分の一以下だった酸素が,現在の百分の一レベルにまで増加したと考えられています.この出来事は「大酸化イベント」(Great Oxidation Event, GOE) と呼ばれています(図2).
南アフリカ共和国には,約22.22億年前に地球全体が凍りつく「全球凍結(スノーボールアース)イベント」が生じ,その直後に酸素濃度が上昇したことを示唆する地質学的証拠(カラハリマンガン鉱床)が存在します.すなわち,酸素濃度は,全球凍結イベント直後に上昇した可能性があるのです.しかし,全球凍結イベントと酸素濃度の上昇にはどのような因果関係があるのか不明でした(田近 (2007) を参照).
そこで,私たちの研究グループはこの問題を詳細に検討し,地球が全球凍結状態から脱出した直後に大気中の酸素濃度が必然的に上昇することを,数値シミュレーションによって初めて明らかにしました (Harada, Tajika, and Sekine, 2015).
全球凍結イベント直後の地球は,大気中に大量の二酸化炭素が蓄積したため,全球平均気温が摂氏60度を超えるような高温環境にあったと考えられます.この結果,全球凍結直後の地球においては,大陸表面が激しく風化浸食され,生物の必須元素(リン)が大量に海洋へ供給されるため,海洋は異常な富栄養化を起こし,光合成を行うシアノバクテリアの爆発的な繁殖をもたらすはずです.この結果,膨大な量の酸素が大気中に放出され,その濃度が急激に上昇するという可能性が考えられます(図3).
この仮説を検証するため,私たちの研究グループでは,海洋生物化学循環モデルと大気化学モデル及び気候モデルを結合させた独自のモデルを開発し,全球凍結イベント直後の物理化学条件を初期条件とした数値シミュレーションを行いました(図4).
その結果,予想通り,大陸表面は激しく風化浸食され,大気中の二酸化炭素が急速に吸収されて炭酸カルシウムの大規模な沈殿と大気中の二酸化炭素濃度の低下が生じる過程で,リンが通常の二十倍以上の速度で海洋へ供給される結果,シアノバクテリアが爆発的に光合成を行い,通常の十倍もの速度で酸素が大気中に放出され,その濃度が急上昇するという結果が得られました(図5).
このことは,光合成活動が生じても,通常の自然変動では酸素濃度のゆらぎしか生じないが,全球凍結イベントにともなう地球システムの大きな擾乱の結果(光合成による酸素の生産率が通常の十倍にも増幅された結果),大気酸素濃度の多重安定解間の遷移(低い安定レベルから高い安定レベルへの遷移)が生じたのだと解釈することができます(図6).地球大気に酸素が高い濃度で含まれている理由は,全球凍結イベントが生じたためである,ということなのかも知れません
おもしろいことに,酸素濃度はいったん現在のレベルにまで達した後,1-2億年かけて現在の百分の一レベルに低下するという「酸素濃度のオーバーシュート」が生じたことが,最近の研究から示唆されていますが,本モデルによってそのようなオーバーシュートが必然的に生じることが示されました(図5,6).
いまから7-6億年前にも全球凍結イベントが生じ,その直後にも酸素濃度が増えたらしい証拠が見つかっています.おそらく同様のことが,そのときにも生じたのではないかと考えられます.
大気中の酸素は,真核生物や多細胞動物が出現する上で,必要不可欠なものであったと考えられています.酸素が全球凍結イベントによってもたらされたのだとすると,地球史において全球凍結イベントが果たした役割はきわめて本質的なものだといえます.このことはまた,太陽系外における第二の地球の存在を考える上でも,きわめて重要な意味を持っていると考えています.
また,大酸化イベント時に酸素濃度が一時的に現在と同じレベルにまで達したのだとすると,生物への影響は計り知れません.多くの生物種が絶滅したであろう一方,そのような好気的環境に適応進化した生物種がいたはずです.そしてそれは,現生生物のゲノム情報に記録されているはずだと考えられます.
私たちは現在,大酸化イベントにおける酸素濃度の急上昇とその当時の地球表層に生息していた微生物の適応進化との関係に注目して,分子系統解析や代謝酵素(タンパク質)の祖先型配列推定などの分子生物学的なアプローチによる研究を進めています.
【研究論文】
- Harada, M., Tajika, E., and Sekine, Y. (2015) Transition to an oxygen-rich atmosphere with an extensive overshoot triggered by the Paleoproterozoic snowball Earth, Earth and Planetary Science Letters, 419, 178-186. [PDF] *本研究成果のプレスリリースを行いました
- 田近英一 (2007) 全球凍結と生物進化, 地学雑誌, 116(1), 79-94. [PDF]
【関連した研究論文】
- Sekine, Y. Suzuki, K.. Senda, R., Goto, K. T., Tajika, E., Tada, R., Goto, K., Yamamoto, S., Ohkouchi, N., Ogawa, N. O., and Maruoka, T. (2011) Osmium evidence for synchronicity between a rise in O2 and Palaeoproterozoic deglaciation, Nature Communications 2:502 doi: 10.1038/ncomms1507. [PDF]
- Sekine, Y., Tajika, E., Tada, R., Hirai, T., Goto, K.T., Kuwatani, T., Goto, K., Yamamoto, S., Tachibana, S., Isozaki, Y. and Kirschvink, J.L. (2011) Manganese enrichment in the Gowganda Formation of the Huronian Supergroup: A highly oxidizing shallow-marine environment after the last Huronian glaciation, Earth and Planetary Science Letters, 307, 201-210, 2011. doi:10.1016/j.epsl.2011.05.001 [PDF]
- Sekine, Y., Tajika, E., Ohkouchi, N., Ogawa, N.O., Goto, K., Tada, R., Yamamoto, S., and Kirschvink, J.L. (2010) Anomalous negative excursion of carbon isotope in organic carbon after the last Paleoproterozoic glaciation in North America, Geochemistry Geophysics Geosystems, 11, Q08019, doi:10.1029/2010GC003210. [PDF]
- Goto, G. T., Sekine Y., Suzuki, K., Tajika E., Senda, R., Nozaki, T., Tada, R., Goto, K. Yamamoto, S., Maruoka, T., Ohkouchif, N., and Ogawa, N.O. (2013) Redox conditions in the atmosphere and shallow marine environments during the first Huronian deglaciation: insights from Os isotopes and redox-sensitive elements, Earth and Planetary Science Letters, 376, 145-154. [PDF]