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2025年11月号・公開

  • (11月)帰還困難区域内での現場講義

    福島第一原発事故から14年です.福島県浜通りでは,除染・帰還/移住・生業の断念,再生,新興の試みという大きな葛藤がある中で,環境中へ拡散した放射性物質の存在が他の災害とは大きく異なる複雑な状況を生み続けています.

    この「放射線を含む環境の実像」を学生にどのように伝えるのか,以前から私の大きな課題でした.東京大学内でも震災復興に関する講義はぽろぽろと開講されていますが,放射線を現場で学ぶ授業はありません.しかし,復興を語るうえでは放射線や放射性物質の動態は避けて通れないテーマです.そこで私は,「実際の現場で放射線を測りながら学ぶ講義」の構想を長年温めてきました.

    ただし,これは実施が極めて難しい授業でもあります.知識がほとんどない学部1-2年生(しかも文理混合/私が所属する駒場キャンパスは学部1,2年生が大半を占めています)を帰還困難区域へ連れて行って理解が深まるのか,教員の自己満足に終わらないか,リスク管理は十分か,保護者の了解は得られるかー.

    加えて帰還困難区域への入域には自治体からの許可証や学内の諸事務手続きが多数あります.多くの懸念があり,実現には慎重な検討が必要でした.さらに,帰還困難区域へ入域するには許可を受けた車両が必要で,人数は車に乗れる範囲に限られます.私の車は5人乗りで,学生は最大4名.そもそも募集をかけても4人すらも集まらないかもしれない,と思っていました.

    ところが募集を開始すると,なんと50名以上の応募がありました.発災当時は幼稚園児だった彼らが,これほど強い関心をもってくれたことに驚かされると同時に,現代の学生の問題意識の高さを強く感じました.(ただ,こんなに関心あるなら声に出して言ってくれよ...とも思いました)

    厳正な抽選を行い53名の応募から4名を選抜し,学内での事前学習を経て,11月8-9日に大熊町へ出向きました.

    実施したプログラムの内容ですが,まず除染後の地域で放射線の特徴を体験してもらいました.学生全員に線量計を渡し,帰還困難区域外の除染済みの地域で,土壌や環境に残る放射性セシウムの特徴を実体験してもらいました.除染や除染後の放射性セシウムの動態がどのような意味を持つのかを,数値で実感してもらったのです.

    そして防護装備を着用して帰還困難区域へ向かいます.

    タイベックスーツ,高性能マスク,グローブを装着し,帰還困難区域内に入域しました.区域内はすべての場所で防護服が必要なわけではありませんが,人の手が入らず線量が高い場所は今も多く存在します.

    例として,除染土壌を保管する中間貯蔵施設内では空間線量率が地上1 m高さで1 μSv/h以下の場所が大半ですが,その周辺の森など手つかずの区域では依然として地上1 m高さで20 μSv/hを超える場所もあります.今回のフィールドワークでは,学生にも短時間だけこうした地点を体験してもらいました.

    なお,森の中にはモニタリングポストが設置されることはほとんどなく,このような環境の「いま」が報道される機会も限られています.学生たちにとって,現場の数値を自分の目で確かめる経験は大きな意味を持ったようです.本授業を体験した1名の学生の感想を以下に抜粋してお知らせします.

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    ...圧巻された,の一言に尽きる.毎年テレビで見る映像とはまったく質の違う光景が広がっていた.

    新築,解体途中,震災直後から残されたままの家.想像以上の姿に驚いた.

    帰還困難区域に立ち入ったときは緊張と高揚があった.しかし,原発の近くで被災した建物を見た瞬間,「人間の脆さと業の深さ」を突きつけられた気がした...

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    どの感想も,生成AIでは書けない「その場での体験」が滲み出たものでした.

    今回の授業を通して学生に伝えられたことは何だったのか.今私自身も反芻しているところです.放射線に対する考え方は人それぞれです.しかし,「現実を知っているかどうか」は今後の放射線/放射性物質が関わる様々な課題に対する判断に大きな差を生むと感じています.今回の体験が,彼ら彼女らが社会で活躍する場面で少しでも生かされればと願っています.

    記録を確認した限り,東大の学部1,2年生が防護服を着て帰還困難区域でフィールドワークを行った例はなく,前例のない取り組みとなりました.他大学でも同様の事例は多くないと思われます.

    出来るだけ学生たちの被ばく量を減らすことはもちろん熊やイノシシが出没もある地域であり,引率には細心の注意を払った分,これまでにないほどにどっと疲れました.(研究目的で国内外の大学院生や研究者と行うフィールドワークは数多と経験してきましたが,やはり学部生となると話が違います).この講義を再度開講するかはまだ判断できませんが,今回の取り組みは大きな意味を持つものになったと感じています.

    まだまだ右往左往しながらの教育です.ご意見,ご指導賜りますと幸いです.(情けないことに正直なところ教育とは何が正解なのか,いまだに悶々とし続けています)

    引き続き,研究・教育活動をできる限り丁寧に進めていこうと思います.今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます.

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