脂肪酸・脂質のケミカルバイオロジー
脂質は、タンパク質・核酸・糖と並ぶ生命の基本分子であり、多様な生体機能を担います。遊離脂肪酸やリン脂質など多様な分子種が存在し、それぞれ異なる性質や機能を持ちます。近年の分析技術の進歩により、生体内には膨大な種類の脂質分子が存在していることが明らかになっています。脂質多様性と生命機能、疾病との関連を理解するには、実際に脂質分子を用いてその機能を詳細に調べる必要がありますが、脂質の化学合成は膨大な手間や時間がかかるため入手は非常に困難であり、従来の脂質研究は極めて限定的でした。
私たちは、コンビナトリアルケミストリーと有機合成化学を融合し、多様な脂質分子を効率的に合成する最先端技術の確立に挑戦しています。構築した独自の多様な脂質・脂肪酸ライブラリーを活用して、脂質と生命現象との関わりを解明するとともに、優れた機能を持つ脂質・脂肪酸の創出を目指しています。

多価不飽和脂肪酸の完全固相合成

多価不飽和脂肪酸(Polyunsaturated Fatty Acids: PUFA)は、不飽和結合をもつ長鎖脂肪酸であり、重要な脂質分子群です。生体には1万種を超える脂質・脂肪酸が存在するとされますが、その多くの機能は未解明です。また、PUFAは炎症性疾患、代謝疾患、神経変性疾患、がんなどの予防や治療に有用と期待されており、構造と機能の理解に基づく新たな機能性PUFAの開発が望まれていますが、その分子設計は未踏の領域です。これは、核酸やペプチドとは異なり、脂肪酸・脂質の合成技術が十分に確立されておらず、入手が困難であったことが大きな要因です。
私たちは近年、世界に先駆けてPUFAの完全固相合成法を確立しました。この技術により独自のPUFAライブラリを構築し、PUFAの関わる生命現象の解明や新たな機能性PUFAの創出に挑戦しています。また現在、cis型だけでなく、transや共役オレフィンなどユニークな構造をもつPUFA合成法の確立、さらには自動合成技術の実現にも挑戦しています。
[参考文献] Nature Chem. 2025, DOI: 10.1038/s41557-025-01853-5.
脂質・脂肪酸のバイオロジー

多価不飽和脂肪酸(PUFA)の固相合成法を基盤として、世界でここにしかないPUFAライブラリの構築を実現しています。近年、このPUFAライブラリを活用し、抗炎症作用をもつ天然脂肪酸代謝物17,18-EpETEよりも高い抗炎症作用を示す人工脂肪酸「antiefin」を発見しました。
現在、この独自の脂肪酸・脂質ライブラリを用いた細胞アッセイを進め、炎症・増殖・老化や細胞機能/運命制御等に関与する脂質・脂肪酸の機能の解明と、機能性脂質・脂肪酸の創出に向けた研究を展開しています。
[参考文献] Nature Chem. 2025, DOI: 10.1038/s41557-025-01853-5.