In Vivo Chemical Biology:生体代謝を分子レベルで視る

私たちの身体は分子の集まりであり、多種多様な分子の働きによって生命は支えられています。これら生体を構成している分子の数や構造、状態の動的な変化が、未だ明らかにされていない私たちの生命活動の源であり、一般に「代謝」と呼ばれています。これら分子挙動の異常は、がん、慢性疾患や精神疾患等の種々の疾病や機能不全に繋がっています。遺伝子やタンパク質に関する研究は飛躍的に進んでいますが、この生命の本質である「生体内における分子の活動 = 代謝」については、驚くほど理解できていません。
 有機化学を駆使したオリジナルの分子デザインをもとに、生体その場で代謝や微小環境を調べる分子プローブを開発し、分子診断・分子医療に関する最先端の研究を進めています。特に、高感度イメージングを実現する核偏極ー核磁気共鳴イメージングの実現を目指しています。



・核偏極ー核磁気共鳴イメージング

核磁気共鳴法(NMR/MRI)は「生体深部の情報を得やすい」「一度に多数の分子の構造や変化の情報が得られる」などの利点をもっています。一方で、その検出感度が低いことが致命的な欠点として長らく応用が制限されてきました。私たちは数万倍のNMR高感度化を実現する動的核偏極(DNP)技術に着目し、独自の分子デザインによって、生体イメージングに革新をもたらす分子プローブ、および生体でおこる代謝反応のリアルタイムイメージングに向けた方法論の開発を行なっています。
 また、MS解析等を活用して疾患や病態に依存したバイオマーカーの探索を進めています。DNP-MRI分子プローブを設計し、今まで困難であった疾患早期診断に向けた応用を目指しています。

[参考文献]
Nature Commun. 2013, 4, 2411.
Angew. Chem.,Int. Ed. 2016, 55, 1765–1768.
Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 10626–10629.
Sci. Rep. 2017, 7, 40104.
Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 2–23. (review)
Science Adv. 2022, 8, eabj2667.
ケムステ 「分子設計で実現する次世代バイオイメージング」


・生体代謝を可視化する蛍光分子プローブと阻害剤探索

有機物の基本構成元素である炭素は、生命においても非常に重要です。その炭素を供給するOne Carbon Metabolismで働く酵素セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ(SHMT)は重要な生体代謝酵素であり、抗がん剤や未だ決定的な治療法の確立されていないマラリアに対する標的酵素として近年注目されています。
 一方で、この酵素の基質はあまりにも小さく単純な分子(セリン)であるために、これまで分子プローブの開発が困難でした。私たちは酵素反応機能の詳細な解析から、SHMTに対する分子プローブの開発に成功しました。また、それらを用いる薬剤スクリーニング系を構築し、約20万化合物の中から新たなSHMT阻害剤候補の探索に成功しました。この成果によって、SHMTの関わる新たな生命現象の解明や各種疾患治療薬の開発が期待されます。

[参考文献]
Nature Commun. 2019, 10, 876.
iScience 2021, 24, 102036.