東京大学・放射線環境工学研究室のウェブサイトへようこそ

研究テーマ

 東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故により、放射性物質(主に放射性セシウム)が農耕地にも降り注ぎ、汚染され地では農業生産が余儀なく制限されています。当研究室では、放射性物質で汚染された農耕地での農業生産を復興するため、放射性物質の植物(主にダイズやイネ)への取り込みや、土壌、農業用水中の放射性物質の動態の解明に取り組むとともに、放射性物質の吸収を抑制する技術開発も目指しています。 また、放射性物質は、放射線そのものを検出する他、シンチレーション反応により光に変えてイメージング化し、放射性物質で標識した物質の植物体内での追跡も可能で、管理された施設の元、養分の吸収、転流、分布を調べる方法として、従来から用いられています。当研究室では、放射性物質で標識した物質を用いて、無機態窒素と有機態窒素(アミノ酸)の植物の吸収や体内での利用の違いを明らかにし、そのことから有機質肥料等の効率的な利用法の解明等にも取り組んでいます。

figure
図 ダイズの32P吸収

1. 放射性物質で汚染された地域の農業復興に関する研究

 2011年3月11日の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発事故により、地震や津波の被害とともに、広大な農地が放射性物質(主に放射性セシウム)により汚染され、外部被ばくとともに、作物を通じた人体への影響が懸念されている。
 福島県が実施しているモニタリング検査によると、放射性セシウムの基準値(100Bq/kg)を超えている割合は、穀類や野菜のうちでは、ダイズやソバで高い傾向がある。ダイズは良質のタンパク質を多く含み、油脂用のほか、国内では豆腐、納豆、味噌醤油として古くから利用されてきている。全世界での生産量は2億5千万トンで、コムギ、イネ、トウモロコシに次ぐ生産量である。ソバは中山間地域の重要な作物で、栽培の歴史は非常に古い。
 原発事故で汚染された地域の農業の復旧・復興に努め、我が国の食料の安定供給に大きく寄与するため、農産物を安全に栽培することが求められている。そのためには、農産物の放射性セシウム吸収抑制対策や吸収をしにくい品種の育成が急務であるものの、ダイズやソバの放射性セシウムの吸収メカニズムや体内での挙動については不明なところが多い。また、ダイズの養分吸収では、根粒菌から窒素を得るなど、菌根菌を含め共生する菌が放射性セシウム吸収にどのように関与しているかを検討した研究はほとんどない。一方、ソバは菌とはほとんど共生しないなど、ダイズとは異なる養分吸収メカニズムを持つ。
 本研究室では、主にダイズとソバを対象とし、放射性セシウムの吸収能の違いや子実への蓄積、共生する菌が吸収や移行に関与するメカニズムを解明し、新たな品種の育成や吸収を抑制する栽培法の開発に関する科学的根拠を得るための研究をすすめている。

2. 放射性物質の植物体内や土壌、農業用水中での動態解明

(1) 植物体内の放射性セシウム動態解明

・生育ステージ別に各部位(葉、葉柄、茎、莢)の放射性セシウム濃度を調査し、各部位の濃度変化から、子実に蓄積する各部位の寄与を明らかにする。
・土壌中にカリウムが土壌中に多いと、作物の放射性セシウム吸収が抑制されることが示されている。同じアルカリ金属であるナトリウムも含め、セシウムの体内挙動を理解するのにあたり、カリウムやナトリウムとの比較は欠かせない。本研究では、放射性同位体137Cs、42K、22Naを採用し、カリウムやナトリウムのダイズの放射性セシウム吸収や子実への蓄積に与えるカリウムやナトリウムの影響を明らかにする。

(2) 土壌、農業用水中の動態解明

・ほ場内の放射性セシウム分布が不均一である。地目別のほ場内における放射性セシウムの不均一性を把握し、合理的なサンプリング方法を提案するために、採取箇所における採取方法と、ほ場内の採取地点数を明らかにする。さらに、その手法を用いて、地目別(水田、畑、未耕地)の不均一性の違いを明らかにする。

3. 放射性物質の吸収抑制技術の開発

 ダイズの放射性セシウム吸収メカニズムの解明するため、ダイズと共生する菌(根粒菌、菌根菌)が放射性セシウム吸収に関与しているかを検討する。共生する菌の関与が明らかにしたうえで、吸収抑制技術を開発する。

(1) 品種・系統間の放射性セシウム濃度の違い

・放射性セシウムの吸収に関する遺伝子探索を目的とし、遠い遺伝子型からなる集団のナショナルバイオリソースプロジェクトで整備されている親系統(ダイズとツルマメ)とその交配後代(約100系統)を用いる。
・遺伝型が異なる集団の放射性セシウム吸収に関するデータについては、QTL(Quantitative trait locus、量的形質遺伝子座)解析を行い、放射性セシウム吸収に関連する遺伝子座の候補を探り、候補遺伝子を得る。

(2) 根粒菌

・ 放射性セシウムを取込む際の根粒菌の関与を検討するため、水耕で根粒菌と共生したダイズを栽培し、放射性セシウムを添加後の根粒の放射性セシウム濃度の測定や、根粒の切片をオートラジオグラフィーで撮影し菌内分布を観察する。

(3) 菌根菌

・ 放射性セシウムを取込む際の菌根菌の関与を検討するため、メッシュ網やエアギャップを用いて(根は侵入できないが)菌根菌の菌糸だけが侵入できる区域を作成し、その区域に放射性セシウムを添加し、地上部の放射性セシウム量を測定する。

4. 植物のアミノ酸吸収―植物の種類、アミノ酸の種類による違い

(1) 研究の背景

 土壌に添加された有機物、有機質肥料は、微生物による分解を受けタンパク質、ペプチド、アミノ酸を経て最終的に無機態窒素になる。つまり、土壌中では、様々な分子量の窒素化合物が存在していることになり、化学肥料(無機態窒素)を施用する近代農業より、有機物、有機質肥料を積極的に施用する有機農業などでは、有機態窒素の土壌中の存在割合が高まるものと推察される。そのため、有機物や有機質肥料を利用する場合、特に、無機態窒素だけではなく有機態窒素の存在も考慮すべきであり、有機態窒素の吸収や無機態窒素との肥効の違いを検討する必要がある(図1)。

figure
図1 有機質肥料から供給される窒素

 しかし、無機態窒素の吸収や利用に関する研究に比べて、有機態窒素吸収は未だ少ない。本研究室では、タンパク質を構成するアミノ酸の吸収特性を詳細に検討することが、有機態窒素研究、有機質肥料効果の解明に有効と考え、植物間の効果の違い、アミノ酸としての直接吸収、アミノ酸の吸収過程を検討している。

(2) 植物の窒素源としてのアミノ酸間の利用について

 植物はアミノ酸を窒素源として生育するかを検討するために、タンパク質を構成する20種類のアミノ酸を対象に、イネ、コムギ、ダイズ、チンゲンサイ、キュウリの栽培試験を実施した。その結果、アミノ酸に対する反応は植物の種類間で異なり、イネ(図2)、チンゲンサイはアミノ酸間で差が大きかった。一方、ダイズは生育量の差が明確に認められなかった。植物別でアミノ酸に対する反応が異なる要因は今後の課題であるが、植物は、アミノ酸の利用に関して植物間差が存在すると考えられる。

figure
図2 異なるアミノ酸の生育への影響-イネ

 アミノ酸の種類によっても、植物の生育に与える影響は異なった。全ての植物で無機態窒素より窒素含有量が促進したのはグルタミンで、アスパラギン・アラニンも生育が良好であった。一方、無機窒素区より生育が劣ったのは、トリプトファン、ロイシンで、その他バリン、チロシン、メチオニンでも生育の阻害がみられた。また、アミノ酸の影響は根系発達にも見られた(図3)。イネでは、グルタミン、アスパラギンでは種子根および側根の生長が旺盛であった。グリシン、アスパラギン酸、プロリン、イソロイシンは種子根の生長をやや抑制し、その他のアミノ酸は種子根の生長が阻害された。

figure
図3 アミノ酸別の根系発達

(3) アミノ酸の直接吸収

 植物は無機態窒素を吸収し、光合成で同化した炭水化物を利用してアミノ酸を合成し、生長する。仮に、植物がアミノ酸を直接吸収すれば、無機態窒素と異なった代謝経路をとり、ひいては有機質肥料の肥効メカニズムを解明する手がかりとなる。そこで、植物がアミノ酸を直接吸収するかを解析するため、発芽6日後のイネに、窒素と炭素を安定同位体(15N、13C)で標識したアミノ酸(15N,13C-グルタミン)を吸収させ、1時間後の植物体内遊離グルタミンの質量をイオントラップ型質量分析器で測定した。
 図4に地上部と地下部から抽出したグルタミンのマススペクトルを示した。無窒素で生育したイネ幼植物では、地上部、地下部とも317に大きなピークがみられる。これは種子由来の窒素から成るグルタミン(分子量146)のピークと考えられる。これに対し、15N,13C-グルタミン溶液を吸収させたイネ幼植物では、地上部および地下部で、324にピークがみられた。地上部でも二重標識グルタミンが確認されたことから、溶液中のグルタミンは分解されずに直接吸収されたと判断できる。

figure
図4 地上部、地下部のマススペクトル

(4) アミノ酸の吸収過程

 植物が養分や水を根から吸収する様子を、従来の技術では可視化ことができず、その詳細については不明な点が多い。近年、β崩壊核種のラジオアイソトープ14C、45Ca、32Pなどを用いて、植物体中の物質動態を非破壊かつリアルタイムで画像化するシステムを開発されている(詳細は放射線植物生理学研究室HP参照)。このリアルタイムオートラジオグラフイシステム(以下リアルタイムシステム)は、放射性同位体トレーサーが崩壊して生じるβ線をCsIシンチレータによって可視光へと変換し、その可視光をフォトンカウンティングに用いられるGaAsPイメージングインテンシファイアで増幅しCCDカメラで検出するものである。図5には14C-グルタミン吸収画像を提示した。赤みが強いほど、アミノ酸由来の炭素量が多いことを示している。図5より、根端は根中央部に比べて濃度の増加が大きく、12時間以降の濃度はほぼ横ばいになっている。根端と根中央部の濃度差は、葉にワセリンを塗布し蒸散を抑制させた条件下で顕著に観察できた。このことから、溶液中のグルタミンは根端で吸収された後、導管内に入り蒸散による水の流れとともに地上部へ移行したり、根の生長のため根端で蓄積すると推察される。
 吸収されたアミノ酸は、時間の経過とともに他のアミノ酸や有機酸へ代謝され、吸収したアミノ酸として残っているのは一部であると考えられる(図5)。直接吸収の検討で用いた図4より、地上部の二重標識グルタミン量が減少して、質量の少ないグルタミンが観察できることからも代謝が進んでいることが推察される。つまり、吸収されたアミノ酸由来の炭素は、他のアミノ酸や有機酸などの形状を通して植物内でダイナミックに動いており、植物体内で生長が著しい場所(根端や展開葉)でタンパク質等への合成を受けて蓄積していると考えられる。

figure
図5 イネ幼植物のアミノ酸(グルタミン)吸収

(5) 今後の展望・課題

 各種の窒素形態で栽培した結果、植物によっては、窒素源としてアミノ酸単独でも生育した。特に、グルタミンは試験した全ての植物で無機態窒素以上の生育を示したが、これは根で無機態窒素を代謝する際に最初に合成されるアミノ酸であり、吸収後もスムーズに代謝され生育に有利に働いたと推察される。通常、植物体内で合成するアミノ酸の原料は、光合成によってつくられた炭水化物と根から吸収した無機態窒素である。これに対し、アミノ酸が根から直接吸収されれば、植物体内でのアミノ酸合成を省略できるため、無機態窒素の利用に比べて植物の生育に有利であると言われている。また、低温または寡照など、天候不順で光合成速度が生育の律速となっている時に、根から代謝されやすいアミノ酸が直接吸収されれば、それは根の生長にそのまま使われ、光合成産物(炭素源)の根への転流分を一部代替することもできる。同時に根の活性が増加するので、地上部への養分供給量も増大し、地上部の生育が促進すると推察される。このことが、しばしば言われる化学肥料が育てた植物より有機栽培の植物が旺盛に育つという一つの原因ではないかと、考えている。
 しかしながら、植物体内で代謝されないアミノ酸は生育を抑制することも確認し、さらに作物の種類でアミノ酸に対する効果が異なることも明らかになり、有機質肥料の効果が複雑であることを再認識させる結果でもあった。また、有機質肥料由来の土壌中のアミノ酸含量、窒素吸収に占めるアミノ酸の割合、生育ステージ別のアミノ酸に対する反応、アミノ酸以外の有機態窒素吸収の可能性等解決すべき問題は残されている。科学的合理性に基づいた効率的な有機質肥料の提示には、今後、アミノ酸を始めとする有機態窒素画分の植物生育に及ぼす影響をさらに検討することが必要である。

TOPへ戻る

ふくしま再生の会

放射線植物生理学研究室

TOPへ戻る