東京大学大学院総合文化研究科本吉研究室

脳はどのように質感を知覚するか?Material perception

わたしたちは物の表面の光沢や明るさ,透明感などを簡単に見わけることができます.この質感知覚の能力は脳のどのような情報処理に基づくのでしょうか?

光沢感

光沢とは,物理的には物体表面の鏡面反射率を指します.一枚の画像だけから表面の鏡面反射率を言い当てるのはとても難しいと考えられてきました.しかし,人間の脳は,画像そのものがもつ単純な統計的性質-輝度ヒストグラムの歪み-の情報から表面の光沢感を知覚できることがわかってきました (Motoyoshi et al., 2007, Nature).この発見を一つの契機として,いま質感の科学的研究が大きく発展しつつあります (文部科学省新学術領域研究「質感脳情報学」2010-2015,文部科学省新学術領域研究「多元質感知」2015-2020).

サンプルイメージ

光沢のある表面の画像の輝度ヒストグラムは明るい方向になだらかに広がる歪みをもち,マットな表面のヒストグラムはその逆の歪みをもつ傾向があります. 人間の知覚する光沢は,この歪みぐあいとよく相関します.

また,照明の仕方などで画像ヒストグラムの歪み具合が変わると,物理的に全く同じ表面の表面の光沢が違って見えてしまいます(Motoyoshi & Matoba, 2012, Vision Res.).

ヒストグラムの歪み情報は,低次の視覚神経メカニズムによって簡単に取り出すことができます.われわれが発見した新しい錯視(質感残効,物体残効)は,そのようなメカニズムの出力が実際に光沢の知覚に結びつくことを示しています (Motoyoshi et al., 2007; Motoyoshi, 2011,2013).

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なお,質感を知覚する能力は生まれつきではなく生後の学習によるものです. 質感の発達に関する研究によると,赤ちゃんは生後6-8ヶ月程度で物体の光沢を見わけることができるようになります (Yang et al., 2011).また不思議なことに,生後3-4ヶ月の乳児は質感を見わける能力をもたない代わりに,大人がほとんど気づくことができないほど微妙な画像の違いを見わけることができます (Yang et al., 2015, Curr.Biol.).

透明感・半透明感

食べ物や人間の肌など多くの自然な表面には独特の半透明感があります.それは表面内部での複雑な光の散乱や屈折を原因としています. しかし,この半透明感も意外と単純な画像の特徴に基づくことがわかっています(Motoyoshi, 2010, JoV).

サンプルイメージ

不透明な表面の画像と比べて半透明な表面の画像では陰影がぼけたり薄くなる傾向があります.さらに透明度が高くなると陰影の明暗が反転することもあります. 一方,ハイライトの形や強さは透明でも不透明でも同じです.このハイライトと陰影のコントラストの関係を手がかりに人間は透明感を知覚できるわけです.

画像処理で質感を制御する

質感が二次元の画像のもつ特徴に基づいていることがわかると,逆にそうした特徴を操作するだけで質感を変えてしまうことも可能です(Motoyoshi et al., 2005, etc.).

サンプルイメージ

左は石のような不透明な物体に,中央はゼリーのような透明感のある物体に,右は金属のような物体に見えます. ゼリーと金属は,実は左の物体の映像を単純なルールに従って変換しただけのものです. 現代のCGでは質感を再現するために非常に複雑な物理シミュレーションを用いますが, 脳の情報処理の様式を参考にすると極めて簡便なやり方で質感をコントロールできるかもしれません.

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