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概要: 生物は知覚系と運動系を連動させることで環境中の情報を利用した適応的な行動を示す。このような系に普遍的に成り立つ原理は存在するだろうか。情報理論は知覚の精度を記述する枠組みを与えるが、知覚と行動の間にどのような量的な関係が存在するのかは分かっていない。時々刻々変化する環境の中で運動する個体は、一定の行動的機能を達成するためにどれくらいの情報量が必要なのだろうか。またその個体は実際にどの程度の情報を環境から取り込むのだろうか。今回我々は、大腸菌の走化性行動における知覚情報と行動の関係を解析した(1)。まず理論的に、細胞がシグナリング経路を通して獲得する化学濃度勾配に関する情報量が、その走化性パフォーマンス(平均移動速度)の限界を決めることを見出した。この理論限界は現実の細胞にとって意味のあるものだろうか。そこで我々は、実際の大腸菌が走化性行動において獲得する情報量とそのパフォーマンスを測定した。細胞が獲得する情報量は、入力信号の統計的性質、及び細胞のシグナリング経路の応答関数とそのノイズ特性で決まる。これらを行動実験と蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した一細胞キナーゼ応答の観察系(2)により決定した。この結果、大腸菌の走化性行動は理論限界付近で作動していること、つまり細胞は獲得したほぼすべての情報を走化性のパフォーマンスを高めるために用いていることが明らかになった。以上の結果は、細胞の行動制御系が獲得した知覚情報を効率的に利用するよう進化してきた可能性を示唆している。
(1) Mattingly, H. H.*, Kamino, K.*, Machta, B. B. & Emonet, T. E.coli chemotaxis is information-limited. arXiv: 2102.11732 (2021) (* Equal contribution.)
(2) Kamino, K., Keegstra, J. M., Long, J., Emonet, T. & Shimizu, T. S. Adaptive tuning of cell sensory diversity without changes in gene expression. Science Advances (2020)